成算   承露



 成功する見込みはさて、どれくらいか。彼のことになるとぼくはどうも計算が下手になるので、とりあえずやれるだけやってみようと結論付ける。

 眠った彼の頬を指先でなぞると、小さく呻いて顔を背けた。少し面白くなって今度は耳を緩く引っ張ると、布団の下から左手が伸びてきてぼくの手を握り静止させた。けれどまだ起きてはいないようだ。
 ベッドのサイドランプを空いている方の手で点ける。浮かび上がった彼の輪郭をまたなぞりたくなったが、握られた手を握り返すだけに留めた。

 承太郎さんの薬指にくっきり残った指輪の跡を見るたび、普段はぼくに見せないようにしているんだな、と思い至って、少し悲しくなる。
 彼がぼくのために妻子を捨てた、なんてわけではなく、結果的に離婚と相成ってぼくの元に転がり込んできたのは、もう何年も前の話だ。
 ぼくを今選んでくれているってことが、ぼくにとってはなにより幸せなのだけれど、承太郎さんは割と気遣うタチのようで、ぼくの前では前の家庭での事も、話しそうになるとすぐに口を噤んでくれた。
 そんな気の使い方ができるなら離婚に至ることはなかったんじゃないか、それとも離婚して学んだのか?と、疑問に思ったこともあったが、よく考えると「他人の影」を隠そうとしつつ、うっかりボロが出ているって状態なんだから、離婚は妥当なのかもと最近認識を改めた。

 勝手なことを考えられていることもつゆ知らず、承太郎さんは小さな寝息を立てて眠りこけている。彼にとって安心できる場所であること、それだけで本当にぼくは十分幸せだ。
 
 握った左手の薬指を再度見つめる。彼は日焼け止めも塗らずに海辺を散策するので、杜王町にきてからも随分日に焼けた。けれど指輪の跡が薄まることはない。何年もつけていたのだから、ぼくは仕方ないことだと言ったのだけど。
「すまない」
 彼がそう言うたびぼくの心はチクリと痛む。そんなに面倒なやつだと思われているんだなと思うし、この人は面倒なひとだなとも思う。

 けどまあ、承太郎さんにばかり負い目があるのは良くないな、と。ぼくは今日、彼の誕生日に合わせて二つの小さい箱を用意している。
 プラチナで、彼が昔つけていたものよりも少し太いデザインの、ペアリング。
 両方とも男物を注文したから店員の顔が面白いほど引きつったけれど、ぼくは少なくともそういう点に関しては気にしないタチだから問題ない。ちょっとは、店を出る時早足になったけれど。

 これを渡しながらどんな台詞を言うか、一晩中僕は悩んでいるのだ。漫画みたいにロマンチックじゃなくても良いだろうけど、とびっきり彼に魅力的に聞こえるようなプロポーズってやつを。

 跡が薄れず消えないのなら、別の跡で塗りつぶしてしまえばいい。ぼくにはわからない傷跡が彼にはきっと山ほどあって、それを全部埋めることはできないだろうけれど。それでもぼくら、ここまでどうにかやってきた。そろそろ、指輪の跡くらいは捨て置いて、次のステップに進んだっていいだろう?

 思考が散漫している、ぼくもちょっと眠くなってきた。けれどやっぱりぼくも男だから、きめる時はちゃんときめないと。
 ……けどもし、もう指輪なんてしたくないと言われたらどうしよう?その覚悟も今の内にしておくか。

 彼が目覚めるまで、ぼくは何回台詞を練習できるだろうか。夜明けまであと、1時間。



 2012/12/×× 


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