本当の嘘   仗露



 愛想良く手を振った後、すぐ真顔に戻って仗助は帰る道を歩き出す。しかしふと、目の前の喫茶店のオープンテラスに見知った人物を発見した。
「どーも先生」
 仗助が笑顔を作って傍に寄っても、岸辺露伴はチラッと視線を向ける程度に留まった。仗助が気付く以前に、露伴は先にその存在に気付いていたらしい。
 挨拶も返さないその態度を気にもかけず、仗助は同じテーブルに着く。ようやく露伴は顔を顰めた。
「座るなよ」
「別に良いじゃん」
 仗助は傍を通った店員に注文する。睨みつける露伴に向き直って、また再度笑いかけた。
「だってほら、他に席空いてねーもん」
 そう言いながら、丁度最後のテーブルに客が座ったところを指差す。露伴は不服そうなまま、一口手元の紅茶を飲んだ。

「先週見た彼女とは違うようだが?」
 露伴が何を指してそう言ったのか、一瞬仗助には解らなかった。少し迷って、先ほど手を振って別れたあの子の事かと思い至る。
「ん〜……そーですっけ?」
 先週は確かに違う同級生とこの道を歩いた記憶が仗助にはあった。だと言うのに、仗助はまた微笑みながら、はぐらかす様な返答をしてみせた。

「軽い男だとは思っていたが、そこまでとはね」
 露伴はその仗助の調子が気に食わないらしく、まだ睨みながらその腕を組んだ。
「えー?こう見えておれ、結構純愛タイプなんっスよ?」
「ハッ、どの口が言うんだい」
 首を傾げて嘯く仗助を露伴は嘲る様に笑う。仗助も一瞬だけ、顔を顰めた。
「いやいや、マジっスよ」
 仗助が身を乗り出す様にテーブルに手をついた。露伴は少し逃げる様に、椅子の背もたれに身を任せる。

「今までもすぐ別れるだろうなーってコとは寝てねぇっスもん」
「……はぁ?」
 仗助が少し小声になったのも相まって、露伴は最初、どういう意味か捉えかねた。
「ほら、ゴムも万全じゃねぇって言うし」
 小声ながらもどこか高校生らしい、わい雑にも思える笑い方を仗助がする。
「……ああそう」
 露伴はそれを、いつも以上に不快に感じた。
「何スか?恋とか愛とか、不確実なこと言うよりはよっぽど誠実っスよ」
 仗助の拗ねた時の様な、どこかなげやりな口調を聞いて。そこでようやく露伴は彼の出生の問題を思い出した。
「……君は案外、ひねくれているんだな」
 不倫の末出来てしまった子供の不幸を、露伴は想像することしか出来ない。それでも目の前の東方仗助が、少なからず影を抱いていることだけは理解した。

「露伴先生の方がそー見えるんスけど?」
 それでも仗助は露伴にまた、笑顔を向ける。ケンカ腰のそれが自嘲にも見えて、露伴はやはり、少し不快に感じた。
「そうでもないぜ。ぼくは恋だの愛だのを信用する手段がある」
「はぁ?」
 露伴の答えが想定外だったらしく、仗助は目を丸くした。
「……ぼくのスタンドなら何だってできる」
 ニヤッと笑って、露伴はヘブンズ・ドアーを出現させた。一瞬仗助は身構えたが、すぐに攻撃の意志がないことに気付き、自身のスタンドを引っ込める。
「まあ、簡単な話だよ。ぼくが恋をするって書けば、そいつは永遠に恋をする。それだけだ」
 仗助は驚いた風に黙っていたが、やがて心底馬鹿らしいと言いたげに笑い出した。
「やっぱあんたの方がひねくれてるっスよ」
 同情する様な口調に、露伴も一度ムッとする。
「それでも、君よりは幸せだね」
 しかしまた、カドのある目つきのまま笑ってみせる。

「……じゃああんた」
 一頻り笑ってから、仗助はふと思いついた様に、またテーブルを挟んで露伴を覗き込んだ。
「書き込めばあんたでもおれに、恋したりすんの?」
 わざと、女子を口説き落とす時の真面目な顔を作ってみせた。露伴はそれを真正面から受け止めて、思わず口を噤んだ。

 黙ってしまった露伴に、冗談だと笑って言おうとした矢先。露伴がおもむろに、左手をテーブルの上に置いた。
「ヘブンズ・ドアー」
 そう呟いて書かれた文字が、仗助の側からは逆さに見えて読みづらい。すぐに捲れ上がったページは閉じてしまったが、東方仗助という名前込みだったことだけはかろうじて読み取れた。

 今度は仗助の方が言葉を失った。
「これで、ぼくは消さない限り心変わりもせずおまえを恋い慕うわけだが」
 顔を上げて、露伴はニコリともせずにまた腕を組んだ。
「感想は?」

「いや、意味わかんねぇっスけど」
 感想を求められても、と、仗助は困惑した表情のままかぶりを振った。
「あんた、おれのこと嫌いだろ。それって嫌がらせの一環?」
 露伴自身であっても無暗にスタンドで心理を操作すること自体、仗助としては禁戒すべきものに思えた。だからこそ、先ほどの露伴の言葉には憐れみを抱いたというのに。
「おまえの軽薄な考えをぶち壊してやりたかっただけだ」
 それでも、露伴はやはり表情を変えずに、刺々しい口調を保っていた。
「うわっ。やっぱり嫌がらせじゃねぇっスか」
 少しでも同情した自分が馬鹿だったと、仗助も椅子の背もたれに体重をかけて天を仰いだ。
「つーか書き込んだの全然効果出てねぇじゃん」
 しかしすぐにそう思い至り、また露伴に向き直る。そこでようやく、露伴も少し表情を変えた。

「……元から刻まれている記述を書き込んだところで、効果が出るはずがない」
 自らの左手を見つめて露伴がそう、呟く。
「え?」
 仗助はまた、聞き間違いでもしたのかと目を丸くした。

「……何て、な。デタラメに書いただけに決まってるだろう」
 顔を上げた露伴は軽侮する様にそう言って、笑った。注視する間もなく、手をぐりぐりと擦って書いた文字を消した。
「なっ、」
 露伴の嘲る笑い方が、いつも以上に腹立たしく見えた。
「本当に性格悪いよな、あんた!」
 仗助は顔を顰めながら、そう罵倒して背もたれに寄りかかる。露伴もまたムッとして、立ち上がった勢いのまま仗助を覗き込んだ。
「普段!他人を舐めて生活してるのはおまえの方だろ?」
 人差し指を突き付けられた仗助は思わず、椅子の脚を浮かせて仰け反る。

「……ちょっとは反省するんだね」
 そう言い捨てて、露伴は足早にレジに向かった。
 何か自分も言わなければと、思考をめぐらせながらも。

 最後の露伴の表情を見てしまった仗助は、結局その背中を見送る事しかできなかった。



 2013/06/19 


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