奇襲 承露 「ちょっと承太郎さん、まさか本気じゃないですよね?」 何が、と問う代わりに視線を彷徨わす。露伴が手に持っているハタキが目についた。 「そんな泥だらけの靴でぼくの家に上がる気ですか」 そのハタキがビシッ、と目の前にかざされ、思わず少し頭を後ろに反らす。遅れて自分の足元を見ると、確かに靴は泥に塗れていた。 「ぼく、割と綺麗好きな方なんで」 こうして急に訪ねるのは初めてではない。訪ねて来られる身からすれば毎度奇襲の様なものなのかもしれないが。 「知ってる」 頷いて見せると、本当に解ってるのか、と言いたげに露伴がこちらを睨めつける。 「今、丁度掃除が終わったところなんですよ……」 露伴の背後を覗き見ると、確かに綺麗に整理整頓された室内に思える。もっとも普段から整理されているので、特別綺麗になっているかどうか解らなかった。 しばらく押し黙っていると、露伴は諦めた様に小さくため息を吐いた。 「……せめて裏に回ってください」 勝手口で靴を脱がされた。代わりのスリッパを指差してから、露伴は改めて泥だけの靴に嫌な顔をした。 「またヒトデでも探してたんですか?」 また、という言い方にトゲがあった。どうもおれがヒトデを追っかけまわしてるのが、普段から彼は気に食わないらしい。 「いや、今日はそこの山沿いを」 だからこそ、いつもなら一度ホテルに寄って服を整えて露伴の元を訪れる。しかし今日はホテルよりも彼の家の方が散策した場所から近かった。 「ああ、どうりで海くさくないと思った」 一瞬、機嫌を損ねているのを忘れた風に、露伴が心得た顔になった。海くさい、という表現が珍しくて思わず少し口角が上がる。 「何笑ってるんです」 それに目ざとく露伴が気付いて、すぐまたムスッとした顔に戻った。 「別に海に浸ろうが山に分け入ろうが承太郎さんの勝手ですけど」 露伴はわざとらしい、ぶっきら棒な口調でそう言う。 「今度からはぼくんちに先に寄ってからにして下さいよ」 拗ね方も子供らしい。甘え方が下手過ぎるだろう、と、また笑いかけたがなんとか堪えた。 「わかった……次からは、あんたを優先しよう」 答えを聞いた露伴は表情こそ変えていないが、満足したらしいのが一瞬で伝わってくる。スリッパに履き替え、ようやく家の中に入れて貰えた。 「先生は優しいな」 「はあ?」 訝しげな声を出しながらも泥で汚されるのはやはり嫌な様で、露伴はしゃがみ込んでズボンの裾を摘まんでくる。どこまで世話焼きなのかと、結局笑ってしまった。 「行くな、とは言わないだろ」 例えば妻なら、そもそも海になんて行くなと言いそうだと。そう想像してしまった自分に、少しがっかりした。 露伴はこちらの心中に気付くこともなく、フンと鼻を鳴らして立ち上がる。その顔がニヤッと笑っていたので、何となしに安心した。 「……別に来るなって言っても良いんですよ?」 確かに奇襲の様な来訪を受ける必要は彼にはない。仕返しと言わんばかりの得意げな表情に和まされた。ただ、機嫌の良い露伴を見るとついつい不意打ちしてみたくなる。これは自分の悪いクセだろう。 「そうだな」 想像した通り、露伴は一瞬表情を失った。自分は身体を曲げて顔を近づけて、また少し微笑んで見せる。 「代わりに次は、あんたがホテルに来ればいい」 奇襲、成功。 2013/06/18 |