帰る場所   承露



 玄関から門にたどり着くまでの数分で、靴の中まで雨水が染み込んでしまった。今更だと思いながら、閉じた門扉を背に雨宿りを始める。
 雨の音が次第に強くなる。霧がかった時の様に、目の前の道路がどこか灰色で味気ないものに見えてきた。そういえば庭の中には青いアジサイが美しく彩りを添えていたと、ぼんやり思い出した。

「露伴」
 驚いて顔を上げる。その白いコートは、やけに灰色の道の中で目立って見えた。
「……承太郎さん」
 彼が近づいて来ていたのに全く気付いていなかった。それでも名前を呼ばれると、耳に馴染んだ声は雨音に勝った。
 黒い上等そうな傘を差しているのに、その肩は少し雨に濡れている。それでも彼は、入れと言いたげに、こちらにその傘を傾けた。
「帰るぞ」
 どこに、と言いかけて、どうせ杜王町なんだろうと思い至る。彼とぼくが一緒に居られる場所なんて、限られていた。

「ご実家、寄らなくて良いんですか」
 それでも歩き出すのが億劫で、背後にチラリと視線を向ける。立派な門構えも広い庭と屋敷も、この目の前の男、空条承太郎が育った場所だと思えば何となしに納得出来た。
「構わん」
 自分の家には目もくれず、承太郎さんは先に踵を返した。嫌だな、と思いながらもその横について行く。傘をまたこちらに傾けてきたけれど、すでにびしょ濡れの自分にはもはや意味がなかった。

 彼は東京まで、わざわざぼくを追って来たんだろう。それなのに、特に何も訊かずにこうして帰路に着こうとしている。全て解っているんだろうか。それとも知らなくても良いと思っているんだろうか。何にしたってぼくには及ばない、酷く合理的なことでもきっと考えているんだろう。
「あなたのご両親にぼくらのこと、バラしてやろうと思ってたのに」
 ぼくはそれがどうしたって歯痒いのに。
「……駄目でした」
 また、チラリと空条家の方を顧みる。ぼくが足を止めたので、承太郎さんも立ち止まった。
 降り頻る雨の向こうでぼんやりと、しかしどっしりと構える様に、彼の家はただそこに在った。

「あなたがあんな両親の元で育ったんだと思うと、何だかもう、駄目でした」
 彼の母親は想像していなかった程、明るく、若々しく、そしてどちらかというと承太郎さんに似ているとは思えなかった。娘であるのだから当たり前ではあるが、むしろジョースターさんに似ていると、そう感じた。
 父親の方はほとんど口を噤んでいて、時折相槌を打つ程度だった。けれどもどこか伏せ気味な目の表情や、隣で承太郎のお友達、なんてはしゃいでいる妻を気遣う様にしている様子がありありと見て取れた。態度の端々から、この人が空条承太郎の父親なのだと。ジョースター家の血に因るものだけではない、確かにこの人の血も、彼は色濃く受け継いでいるのだということを実感させられた。

 おそらくあの二人はお互いを愛しているし、そして承太郎さんのことも愛しているし、承太郎さんの方もきっと同じなんだろう。承太郎さんが家庭を持ったのも、あの二人、引いては自身の生活を踏襲する気持ちが少なからずあったのだろうと、そう思えてしまった。
「ぼくは打ちのめされたんです」
 息子の友人として出迎えてくれたあの夫婦に打ち明けることも、承太郎さんの家庭を壊そうとすることも、どうしたってやってはいけないことなんだと気付いてしまった。いや、もとから知っていた。直視することが今まで出来ていなかっただけだ。

「怒らないんですか」
 顔を上げると承太郎さんは少し睨む様にぼくを見つめていた。
「……怒ると思ってたのか」
 けれど声は、どこか庇護する様に、憐れむ様に優しかった。
「いえ」
 首を振ると、髪からぽたぽたと滴が舞った。
「でも……怒って欲しかった」

 本当なら、どうして不倫なんかしたんだとこちらが責めたいくらいだ。
「……帰るぞ」
 嗚呼本当に、どうしてぼくだったんだろう。



 2013/06/13 


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