弱点   承露



 何故目が覚めたのか、自分でも瞬時には解らなかった。
 直後、首元に走った激痛と両肩を抑え込まれていることに気付き、咄嗟にスタンドを発動させて飛び起きた。

 薄暗い部屋の中で、隣に寝ていた露伴の姿が見当たらない。しかしスター・プラチナで首を締め上げた賊がその露伴だと、すぐに気付く。
 パッと手を放すと、ベッドの上にドサリと落ちた露伴が苦しそうに咳き込む。覗き込もうとして、自分の首元が酷く痛み手を伸ばす。血が滲んでいて思わず顔を顰めた。
「何しやがる」
 咳き込みながら顔を上げた露伴の口元には血がこびり付いている。血を吐くほど絞め上げてはいない。この男は恐らく、寝ているおれの首に容赦なく噛みついたのだ。
「だって」
 咽るのを必死に堪えながらも、露伴はヘラッと笑って見せた。
「あんまり無防備だからさ」
 薄暗いとは思っていたが、時計に目をやるとまだ日も出ていないような時刻だった。サイドテーブルの電気を点け、ついでに煙草の箱とライターを手元に引きやる。露伴は自分よりもずっと以前から起きていたのだろう。既に服を着込み、ヘアバンドもしっかりと身に着けていた。

「あの空条承太郎の首元に噛みつけるなんて、滅多になさそうで、ついね」
 口の端をベロリと露伴が舐める。それを見ながら煙草の煙を吸い込むと、歯型の形をしているだろう自分の首の傷が、じわじわと熱を持って痛んだ。
「あんたは……自由過ぎていけねぇな」
 好戦的なのは前々から知って居たが、ここまで血の気があるとは思っていなかった。もし自分が加減をしていなかったなら、この男は死んでいたはずだ。
「承太郎さんにだけはわかんないと思いますよ、この快感」
 ケラケラと笑う露伴の瞳は、まだ獲物を狙う獣の様にギラついている。これ程性質が悪いとは、本当に思いもよらなかった。
「……他人に何かする時は、報復を覚悟するもんだぜ」
 腕を取って、組み敷く様に布団に押し倒す。露出した肩に火のついた煙草を押し付けると、ジュウッと小さな音が立った。
「あっ」
 短い悲鳴を上げて、露伴が全身をビクリと撥ねさせた。構わずにグリグリと押し付けると、煙草の煙に混じって肉の焼ける嫌なにおいが仄かにしたので解放してやった。
「う、そでしょ、承太郎さん……」
 露伴が愕然とした表情でこちらを見つめてくる。新しい煙草に火を点けながら、自分の気がほぼ晴れ、むしろ罪悪感が少し生まれたのを感じた。
「寝首を掻くなんて真似はやめな」
 けれど露伴は、こちらを睨むのをすぐにやめて興味深そうに、自らに出来た根性焼きの跡を眺めはじめた。躾にすらならないのかと、少し落胆する。
「そんなに強いくせに、心配ですか」
 まだ露伴が楽しげにそう言うのに、思わず煙草を指先で摘まんで口から離す。また押し付けてやろうかと思案した。
「……恨まれるってことは、つまりそういうことだろう」
 けれど我慢をした。言ってから目を一度瞑り、煙をゆっくりと吐く。目を開けた時、露伴はいかにも面白くなさそうな顔をしていた。

「つまらないなぁ」
 そう言って、露伴はベッドの上に身を投げた。天井を仰いで、またすぐにこちらに視線を向ける。
「そんなつまらないもので、あんたは死ぬ気なのか」
 非難する様な口調だが、今度は何故か、さほど気に障りはしなかった。露伴がいかにも楽しげな時、妙に自分は神経を逆なでられる様に感じた。
「つまるつまらないは、相手が勝手に決めることだ」
 もっとも簡単に死んでやる気はないが、と付け加えると、露伴はまた愉快そうに笑った。
「簡単に殺そうとして来る相手なんて、それこそつまんないですけどね」

 露伴がゴロリと、ベッドの上で身体を回転させた。そのまま胡坐をかいた自分の膝の上に頭を乗せてくる。ガキの様だと言いかけて、やはり我慢した。
「ぼくならあんたの弱点を突くよ」
 ニヤニヤ笑いが妙にイラつく。首の傷も痛む。あまり下を向きたくなかった。
「少なくとも二つ知ってる」
 それに気を使ったわけでもないだろうが、視線の高さに露伴が手を伸ばした。
「奥さんと、娘さん」
 言いながら一本ずつ、わざわざ指を立てて見せた。
「……テメェ」
 膝の上から転げ落とすと、露伴は笑いながらも眉根を寄せた。
「あーあ、怖い顔して」
 またもたれ掛ろうとするのから、胡坐を崩して逃げる。何なら殴ってやりたいところだったが、まだ少し、根性焼きの罪悪感が残っていた。
「それも人質なんて生ぬるい事しないよ。知識だけなら拷問の方法くらい、いくらでも知ってるし」
 その罪悪感もすぐに、掻き消されたが。

「性悪が」
 片手だけで、視界を覆う様に露伴の顔を掴む。
「知ってたくせにぃ」
 露伴がそう言って笑うのに合わせて、こめかみが緩く動くのが指先から感じとれた。

「承太郎さんはさ、」
 腕を押し返す様に、露伴がおれの手のひらから逃げる。その口元にはまだ笑みが浮かんでいたが、目の方は笑っていないとようやく気付く。
「ぼくがこういう奴で……あんたの敵には成り得ても、弱点になるようなことはないから」
 グッと、掴まれた腕を握られて、思わず気圧された。
「だから隣で無防備に、寝てられるんでしょ」
 自分が図星を突かれたと言わんばかりの顔をしているのが、何となしに想像できた。

「ああでも今以上に惚れちゃったら、どっちかに転ぶかもね」
 露伴はまたコロリと表情を変えて、そう付け加えた。楽しげな笑顔を見ると、気に障ることはなくなったがどこか空恐ろしくなる。
「その時は責任とって下さいね」
 性悪ともう一度口に出すのは、何故か憚られた。



 2013/06/07 


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