Cogito   露露



 その肌に触れると温い。触れてきた相手の手も同様に、そして同等に温かった。
「鏡とはやっぱり、違うな」
 目の前にある顔はぼく、岸辺露伴自身とそっくりだ。そっくりだなんて、突き詰めると別物にあたってしまう表現も本来は可笑しいのかもしれない。ぼくらはまぎれもなくお互いの顔を同一の、差が一切ない物だと直観で認識していた。


 恐らくスタンド攻撃なのだろう。唐突に自分と同じ顔の人間が現れた時、勿論狼狽はした。しかしその相手も狼狽しているとお互い気付いた。そう気付いた瞬間もほぼ同時で、また少し、お互い動揺した。
 この場合スタンドの本体や攻撃の理由以上に、一番問題となるのはどちらが本物と呼べるのか、だろうか。

 牽制し合いつつ同時にスタンドを発動し、そしてお互いを本に出来ることを確認した。内容も読み、やはりお互いが同じ様にこの状況に動揺していると知った。
 そしてお互い、自分自身が本物だと信じているとも理解する。困ったことに、相手を偽物だと言い切る確証は自身の思考の内以外になかった。
「……康一くんに」
 言いながら、相手も何かに思い至った様な顔になったと気付く。
「知らせよう」
 頷いた方の思考も一致している。本物か偽物か以前にそもそも敵なのか、それすらもお互い、正直わからない。

 電話に近かった方が康一に事情を説明しているのを横で聞きながら、自分ならこう説明すると思った通りに喋るのを奇妙にも感慨深く感じていた。まるで自分が喋っているのを、鏡越しに見ている様だと。
 兎に角調べてみると、少し疑いを持ちながらも康一は誠実に答え通話を切った。受話器を置いてそのまま向き合うと、やはり鏡に相対する様に違いを見つける事ができない。思わず手を伸ばした。


 鏡とはやっぱり、違うな。そうどちらが喋ったのか、もしくは双方が一言一句違わず口に出したのか判別できない。
 温もりを感じながら、もしかすると自分は気が狂っているだけなんじゃないかと一瞬不安になる。目の前の顔も、同じく不安そうに歪んだ。

 お互いの肌に触れたまましばらくじっと黙っていた。同じことを考えているんだから、別に口に出す必要もないかもしれない。けれど本当に確認するならば、外部に向けた言葉として発信するべきだ。しかし同時では確認の意味がない。ならば相互に補完する様、会話を成立するべきか。そんな思考の積み重ねをそれぞれが行っていると、何となしにお互いが感じとっていた。
「ぼくは、他人に触られるのは嫌だ」
 先に口を開いた方は、目の前の自分と同じ顔の相手がわざと口を開くのを避けたのを見て、やはり同じ思考だったと理解する。口を閉ざしていた方も、会話を作ろうとしている目の前の彼がやはり同じ思考だったと、しっかり理解する。
「つまり今、ぼくたちはとんでもないチャンスを得たわけだ」

 岸辺露伴にとって最優先されるべきは漫画であり、そしてその漫画を描く自分自身だ。その考えは幼少期からブレることなく、むしろ歳を重ねるごとに強固になっていた。
「……同じことを考えてるな?」
 岸辺露伴は他人に触れられることも、他人に触れることも、この二十数年間、拒み続けてきた。ナルシストだの自己愛だのと言う輩は多かった。それでも自らを一番に理解し、一番上等に扱えるのは自分自身のみだと。そう信じていたし、非難される度に実感もしていた。
「ああ」
 お互いに、身体に腕を絡ませ合う。他人に触れられることを拒む一方で人並みの性欲や欲求は存在していた。その葛藤すらも創作に打ち込むことで、普段はうやむやに過ごしていた。
「重要なのは、どっちが先でどっちが後か、だ」
 お互いの欲求を満たす為には一方的で良いはずがない。それでもやはり、順番が生じるのはやむを得なかった。

「じゃんけんは……」
 唇を寄せて呟きながら、決して自分の顔を特別格好良いと思っているわけじゃあないのだと改めて感じる。身体つきもなんなら貧相な方だし、性格も他者から見て魅力的だと思っているわけじゃない。
「意味ないだろうな」
 それでも、自分以上の他人が見つからないのだ。

「さっき電話を掛けたのは君だ」
 愛撫する手にお互いゾクリとして、気持ち良いのか気持ち悪いのかイマイチ良くわからない。
「じゃあ次はぼくが譲歩する番か」
 チッ、と舌打ちして嫌そうな顔をするのとほとんど同時に相手も嫌そうな顔になる。それに気づいた時、俄かにお互いがお互いに、そして自身に失望した。

 意地のまま、行為を止めはしなかった。それでもお互いに生じた嫌悪感は拭えない。
「こうして別の個体になっちまったら、やっぱり意味がないな」
 やはり自分は触れるのも触れられるのも嫌なんだと気付いてしまった。それが例え自分自身であっても。自分が好きというよりは、つまるところ、自分以外を愛せないだけじゃないか。
「本当に。がっかりだ」
 その言葉を自分が呟いたのか相手が呟いたのか、目を閉じてみるともうわからない。


 どんなに同じ顔をして同じことを思っても、皮膚を隔てたぼくたちの距離はもはや限りなく遠い。
 ただの他人にしか、成り得なかった。



 2013/06/06 


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