真昼の浴室   仗露



 チャイムを鳴らしても家主は姿を現さない。窓からは中の明かりが漏れているから、時々彼がやる例の居留守だろうか。
 しばらく迷った末に、クレイジー・ダイヤモンドを発動させてドアを壊す。そのままさっと家の中に入って、素早く直した。
「露伴センセー?」
 やはり家の中の電気は点いている。そのまま外出する様なことはしないので居留守だろう。声を二階の仕事場の方に掛けたが、そちらからも返事はなかった。
 けれど一階の奥の方から、何か聞こえた気がした。

「露伴……?」
 何とはなしに恐る恐る、廊下の奥を覗く。ちゃぽん、という水音が風呂場から響いた。
「仗助か」
 くぐもった様に聞こえるのは密閉された風呂場の中で声が反響しているからだろう。通りでチャイムにも反応がなかったわけだと勝手に納得する。
「こんな真昼間から風呂っスか」
 日曜とは言え、昼食を取ってきたばかりの自分は少し驚かされた。脱衣所の前に立つと擦りガラス越しには輪郭すら浮かび上がらないが、そこに居る気配はしっかりと伝わってくる。
「良いだろ別に」
 また水音がする。シャワーでなく湯船に身体を浸しているんだろうと想像して、もしかして自分は変な時に来てしまっただろうかと少し頬が熱くなった。

「入ってこいよ」
 まごついたまま廊下に棒立ちになっていると、それを察したらしい露伴が妙に優しく声を掛けてくる。
「良いの?」
 また恐る恐る、脱衣所を覗き込んで扉を開く。フワッと湯気が一瞬視界を覆い、そしてすぐに、湯船の片端に寄りかかって寛いでいる露伴が、ニヤッと笑うのが見えた。

 湯気と一緒にフワリとソープの香りが漂ってくる。泡風呂と言うのだろうか、水面はモコモコとした泡で覆われていて裸の身体は直接見えない。それにホッとするのと同時に残念な気もしてきて、我ながら素直な奴だと感じる。
「おまえも入るか?」
 しばらく逡巡して、靴下を脱いでから近寄る。しゃがみ込んで露伴と視線を合わすと、やけにうっとりとした様な表情で露伴がそう言った。
「や、それはちょっと……」
 クスクス笑いながら露伴が腕を動かしたので、ちゃぷ、とまた大きく水音がした。肩から上以外では、泡の隙間から膝だけが覗いているのが見えた。
「先生、超ゴキゲンっスね」
 ちゃぷちゃぷと、自分も泡をかき分けて指先を浸す。想像よりも随分、お湯の温度は高かった。
「仕事が終わると誰だって気分が良いものさ」
 笑った顔のまま、露伴がしとど濡れた髪をおれの腕に押し付けてきた。寄り添う様にしてそのまま目をつぶったので、慌てて肩を押し返す。
「センセ、寝ちゃ駄目っスよ」
 風呂場で眠くなるのは危険だと母親に散々言われて育ってきた。ずるり、と少し沈んだ露伴は薄目を開けて、右の手を天井に向けて掲げた。
「徹夜したからな……」
 ぐっ、ぱっと、ほぐす様に右手を開いては閉じる。腕を伝う水滴がキラキラと光った。真昼の浴室には、点いている電気以上に窓から差し込む明かりが満ちていた。

「この後は、贅沢に昼寝でもしようかと思ってたんだ」
 腕を泡の中に引っ込めて、露伴はまたうっとりとした様にそう呟く。微睡みの中に居る様な、普段とはかけ離れた優しい表情だった。
「仗助クンが添い寝してあげよっか」
 自分も笑いながら、覗いていた露伴の膝に触れる。いつもなら露伴の方が体温が低いが、今日は違いが判らない。どれくらい長湯をしているのだろう。
「ふぅん。……添い寝で済むのか?」
 露伴がまたニヤッと笑う。誘うような視線が堪らなくて、いつもは隠れているこめかみに触れるだけのキスを落とした。
「エロガキ」
 くすぐったそうにした露伴は、そう言いながらも楽しげな様子を崩さない。調子に乗って、膝に触れていた手を更に伸ばそうとすると、ちゃぽん、と沈んで隠れてしまった。

「おまえ、ぼくが寝てる時にも撫でまわしてるだろ」
「えっ」
 湯気とは関係なく、思わず汗が滲んだ。露伴は笑ったままだが、ふわっとした柔い表情がむしろ恐ろしい。
「気付いてないとでも思ったか、馬鹿め」
 寝ている時の露伴があんまりに無防備で、なんていうのは正直、言い訳として最低だろう。
「いや、マジ、ごめん」
 ようやく絞り出した声が酷く情けなく、自分の耳にも届く。露伴は黙って、じっとおれの顔を見詰めていた。

「ふふっ」
 しかしふと、可笑しくてたまらない、という風に笑っておれの手を取った。
「おまえの手は……嫌いじゃあないんだ」
 温くて安心する、と。そう呟いて、露伴が自ら導く様に、その首筋に手を添えさせてくれた。

 しばらくそのまま、露伴は楽しそうに脚でお湯をちゃぷちゃぷと掻き撫ぜて居た。少し泡のへたった水面から、石鹸以外にも花の様な香りが立っているのにようやく気付く。 
「……やっぱりおれも入って良い?」
 嫌な汗と湯気で、Tシャツは貼りついていた。

「良いけど、出た後掃除しろよ」
 うっとりとした口調でそう答えた露伴は、またニヤッと笑って見せた。



 2013/06/05 


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