手懐け方   承露



 ふと脇道を見ると岸辺露伴の後ろ姿を見つけてしまった。
 棒立ち、とまでは言えない。少し腰を落とした姿勢で一点を見つめている。何かに警戒でもしている様に見えた。

「先生?」
 声を掛けるとバッと露伴が振り返った。
「承太郎さん」
 驚いた顔をしているその向こうで、白い影が路地の奥にうずくまっているのにようやく気付いた。
「猫か」
「ええ、そうです」
 露伴はまた向き直る。忌々しげな口調になったところを見ると、猫を可愛がるためにこんな場所に居るのではないのだろうと推測がついた。
「あの猫には恨みがあるんですよ」
「恨み?」
 顔を覗き込むと露伴もこちらに視線をチラリと寄越したが、すぐに猫の方に視線を戻した。
「あとで教えてあげますよ」
 よほど取り逃がしたくないらしい。

 猫は路地の最奥で、こちらを酷く警戒した様に露伴とおれから視線を外そうとしない。
「スタンドを使えばいいんじゃないか」
 露伴のスタンドは動物にも効くと以前聞いた覚えがあった。しかし彼はまた忌々しげに、眉根を寄せる。
「さっきやろうとしたら、その前に逃げられちまったんですよ」
 ムカつくくらいすばしっこくて、と付け加えた露伴はチラリ、と行き止まりの壁を見上げる。
 追い詰めたは良いが、もしここで焦って近づき、猫が壁の上に登って逃げられたら困るのだろう。こう着状態の理由がようやくわかった。

「……あんたがそう警戒するから、猫も警戒するんだろう」
「はぁ?」
 膝を地面について、カバンの中からパンのはじきれを取り出す。猫の耳がピクン、と動いたのが視界の端で確認できた。
「そこの公園に鴨が居るからと思ったんだが」
 露伴が訝しげに見つめてくるが無視して、露伴よりも少しだけ、ジリッと猫に近づく。
 しばらく猫はこちらをねめつけていたが、やがて小さくにゃあ、と一鳴きしたと思うと、こちらに駆け寄ってきた。

「……腹が減ってるみたいだな」
 手元の小さく千切ったパンをガツガツと食べる猫は良く見るとやせ細っている。野良にしては人懐っこい方だと思いながら露伴の方を見上げると、また驚いた様な顔をしていた。
「猫、お好きなんですか」
 パンを食べ終えた猫を抱え上げる。さほど重くない。
「いや」
 腕の中からも逃げようとしないので、言いながら通りの方に向かう。
「どちらかと言うと犬派だな」
 ふぅん、と短く答えた露伴はどこか釈然としない風だったが、その後をついて来た。

 公園に入ってすぐのベンチに腰掛けると、猫は膝の上でゴロリと身体を伸ばした。
「今日は鴨、居ないんじゃないですか」
 池の方をしばらく眺めていたが、やがて露伴も猫を刺激しない様にか、少しゆっくりと隣に座った。
「なら、こいつにやって丁度良かった」
 にっと笑って見せるが、露伴は膝の上の猫を睨みつけていてこちらの顔は見ていなかった。

「恨みって何なんだ」
 指先でくすぐると喉を鳴らして喜ぶ、やはり人懐っこい部類だろう。
「ああ、こいつ、窓からぼくの家に入って来たんですよ」
 顔を顰めて露伴が指を指したので、猫も一瞬警戒して耳をピンと立てた。
「取り込んだばっかりの洗濯物の上に寝転んでやがって……ああそうだ、また洗濯しなくちゃ」
 まさかそれだけなのか、と言いかけたが、目の前の男が執念深いのはよく解っている。手の下でまた身体を伸ばす猫を撫で上げながら、災難だったなと勝手に同情する。
「……次からは、窓を閉めておくんだな」
「なんでぼくが!こいつの為に窓を開ける自由を放棄しなくちゃならないんだッ!」
 彼が声を荒げたせいで猫が目を見開き飛び起きる。膝からシュタッと飛び降りて、そのままどこかに駆けて行ってしまった。
「あっ」
 露伴はしまった、という顔でしばらく浮かせた腰のままそれを見送っていたが、やがてクソッ、と一言呟いて、またベンチに腰を下ろした。
「恨みが晴らせなかったな」
「……次見かけたら絶対、晴らしてやりますよ」
 ムスッと機嫌を損ねたままの露伴の、その態度がいかにも子供らしく目に映る。そういえばまだ二十歳になったばかりだったろうか。
 思わず笑って、猫を撫でていた手とは逆の方で露伴の頭を優しく撫でる。露伴がまた驚いた顔をした。
「何ですか」
「いや」
 猫もあんたもそう変わらん、と言いかけたが、怒り出すのは目に見えているので止めておく。
「承太郎さん、動物を馴らすの、上手いですね」
 撫でられるがままになって少し目を細めた露伴はやはり、猫とそう変わらない気がして噴き出しそうになる。我慢しようとしていると、池の方で鳥が羽を広げるバサバサ、という音が響いた。

「……鴨は餌をやっても、馴れてくれないんだ」
 露伴はそれを聞いてようやく、猫に向けていた緊張を解いて笑った。



 2013/06/01 


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