願ったり叶ったり5



 言ってしまった。きっとこの気持ちは昔から伝わりっぱなしだっただろうけれど、口に出して言ってしまったことで、より重大な意味を孕んでしまっただろう。
「でもぼくの愛している空条承太郎は完璧なあなたなんです。陳腐だけど、強くて、優しくて、かっこよくて……それから、奥さんと子供を、大事にして」
 言葉を選びながら、やはり自分がいかに彼を愛しているかを自覚した。目頭がじわり、と熱くなる。
「……つまり、妻子を捨てて不倫するおれは、嫌だってことか」
 至近距離で真面目に呟く彼に、緩く頷いて見せる。本人に言葉を紡がれてみて、自分の思考がロマンチストのそれだと気付いてしまい、小さく歯噛みする。
 しばらく何か考えるように視線を彷徨わせた後、何か思い出したって風な顔をして、承太郎さんの体がようやく離れた。近過ぎて、触れずとも感じとれた彼の体温はすぐに冷めてしまう。名残惜しさを感じてしまう自分は、やはり馬鹿だ。
 見下ろす格好になった承太郎さんが、深く長い溜息を吐いた。こっちだって溜息の一つくらい吐きたい気分だったが、ぼくは彼の口元に微笑がひらめくのを目ざとく見止めてしまった。

「何で笑うんです」
「……よくそんなに、おれの表情が読み取れるな」
 訊いたことに答えてもらえなかったのは癪だが、反射的にそりゃあずっと見つめてますから、と言いそうになるのを堪える為に口を噤んだ。
「おれの表情を血縁以外で理解してくれるのは、あんたぐらいだぜ」
 『お前だけだ』とすぐさま頭の中で言い換えてしまって、しかも素直に喜んでしまう自分が嫌だった。この人の前だと自分は馬鹿になってしまう。何もかも、あらゆる意味でたまらない。
「今日も、あんたがおれの顔を見て何でもわかってくれたから、つい言葉にして伝え忘れていたことがあるんだが……聞いてくれるか?」
 ぼくが聞きたくないと突っぱねることなど到底できないと、この人はわかっていて訊ねているのだ。意地が悪い。顔を見て何でも理解してしまうのは、ぼくにとってあなたも同じじゃないか。
 居住まいを正す風に、承太郎さんがベッドに腰掛けた。柔らかいベッドに沈みっぱなしのぼくは、覗き込まれてまた近くなった彼との距離に心を乱された。


「……妻と離婚した。バツはついたが、今おれを縛っているものは何もない」

 けれど、彼の言葉が更に心を乱した。乱し過ぎて、一瞬思考停止してしまうほど。

「……はぁ!?」
 思わず勢いをつけて起き上がり、触れる触れないで止まっていた距離を簡単に縮めてしまった。すぐハッと気付いて、掴んでしまった襟元を離す。
「仗助辺りから聞いているかと思ってたんだが……言うのが遅くなってすまない」
 その襟元を正しながら、涼しい顔で彼は言う。
「……いつ、どうして」
「離婚が成立したのは先月だな。妻にとっておれは完璧な夫じゃなかったし、娘にとっても良い父親じゃあなかったようだ」
 娘、という単語で動揺したのに彼が気付く。
「娘も、妻……いや、元妻が育てる。養育費は勿論払うが」
 心機一転のつもりで日本に舞い戻った。暫くはアメリカとを行き来する用事が多いだろうが、いずれはこっちに腰を据えて住むつもりだ、と。淡々と彼が話すのを、ぼくは多分酷く間抜けな顔で聞いていたと思う。

「残念ながらあんたが言う完璧とは程遠い男になっちまってるが……それじゃ不満か?」
「……良いですよ、もう」
 彼の瞳から逃れるように、またベッドの上へと倒れ込んだ。けれど追うように覆いかぶさり覗き込んでくる視線に、ムズムズと恥ずかしさがこみ上げた。ぼくの顔は、きっと茹でダコみたいに染まりきっている。

「あなたが最初に電話口で言ってくれれば、ぼくは今日まで悶々とせずにすんだのに……」
「……おれのことで、悶々としてくれてたのか?」
 睨むように視線を交えると、彼が嬉しそうに口元を緩めている。ぼくが思っていた完璧な男なんて、もはやどこにもいないんだ。けれど、この笑顔を独り占めさせてくれる男なら、今。
「電話だと顔が見えなくていけねぇな」
「……許してあげますよ。今、ぼくの目の前に居てくれるんだから」

 承太郎さんの手のひらがぼくの頬に触れた。彼の手もぼくの頬と同じようにたまらない熱を帯びていて、溶けるように心地良い。ぼくはきっと心の底で、この熱を願っていたんだろう。

「もう一つ、言い忘れていたことがあったんだが。良いか?」
 キスの距離まで近づいているのに、酷い焦らしもあったものだ。目線だけで促すと彼は柔らかい笑みを浮かべた。

「……おれも、あんたのことが好きだ。昔からな」
 
 言葉が見つからずにパクパクさせているぼくの口を、彼は容易に塞いでくれた。
 承太郎さん、あなたはやっぱりぼくの願いを叶えてくれる完璧な男に違いない。



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 2012/12/×× 


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