たより   仗露(承露前提)



 玄関の、下の隙間に何かがスッと差し込まれる微かな音がした。露伴はそれに気づくとすぐに、話を中断しても何が着いたのかを確認しに行く。 
「どうせまたチラシっしょ」
 おれが座ったまま声を掛けると露伴はチラリ、とこちらを一瞬睨んだ。そのまましばらく届いた物を眺めていたので気になって覗き込みに行くと、案の定チラシだった。
「便りがないのは良い便り、って言うだろ」
 無理にあっさりとした口調を作っているのが、なんとなくわかってしまう。

 露伴は夏の終わりからずっと、海の向こうの承太郎さんからのエアメールを待っている。叔父である自分が代わりに謝りたいほど、健気に。
「先生」
 端目に見てもわかりきってることが一つある。
「おれにしときなよ」
 承太郎さんは露伴を捨てたんだと。ただ、それだけはわかる。
「おれなら、先生と同じこの町に、ずっと居れるんだぜ」
 そうじゃなければ楽しかったぜ、の一言だけで別れを済ませて、そして便りの一つも寄越さないなんてことするはずがない。憧れだった甥がそんな人間だと自分も最初は信じたくなかった。

「仗助」
 それでも露伴は、おれの何十何回目かもわからない告白をあっけなく無視して見せる。
「ぼくだってあの人だって、会おうと思えば会いに行けるんだ」
 おまえみたいな学生と違って良い大人なんだから。そう言いながら露伴がビリビリと、手元のチラシを破って足元に撒いた。
「でも、会わない。ぼくも、承太郎さんも、会おうって思わない」
 自分で掃除するくせに、と口に出すのがなんとなく憚られる。
「きっとおまえも大人になったら、わかるよ」
 そんな辛そうな顔で言うセリフかよ、と。そう思わずにいられなかった。

「……承太郎さん、住所ド忘れしたとかじゃあねぇっスかね」
 明るい調子でそう言うと、驚いた風に露伴が顔を上げた。
「なんだ急に」
 訝しげどころか、もはや可哀そうなものを見る様な表情になった。

「その内、ファンレターに混じってくるかもよ」
 言ってから思うと、編集部に届くものは検閲みたいなもんがあるのかもしれない。露伴なら罵詈雑言の手紙でも楽しく読みそうだけど。
「ぼくがあの人のこと言うの、嫌なんだろ?」
 わかってるのに言ってるんだもんな、この男。
「すげぇ嫌っス」
 自分でも拗ねた様な顔と口調になっているのがわかった。
「でも露伴がへこんでるのはもっと嫌」
 面食らった顔で固まってしばらくそのままだったけれど、やがて露伴がふと、肩の力を抜いた。
「……おまえに気を使われるなんて、ぼくも随分舐められたもんだな」
 ため息交じりに言う露伴に思わずムッとする。
「おれってそんな頼りねぇっスか」
 こんなに毎日の様に口説いているのに、まだ頼ってもらえていないのは正直ムッとしてしまうし、悲しい。
「承太郎さんよりはな」
 そっけない口調で露伴がサラリと言って追い打ちを掛けてくる。
「……そんな顔するんじゃあないよ」
 真に受けるな、と言いたげな露伴のちょっと申し訳なさそうな顔で、今のところはチャラで良いけれど。

 しゃがみ込んで、ばら撒かれた紙切れにスタンドを発動する。数枚が風でフワッと舞って、元の一枚のチラシに一瞬で戻った。
「先生、出前頼んで良い?」
 言ったところで丁度腹が鳴る。チラシはピザのデリバリーの物だった。
「たかるんじゃない」

 呆れた様に露伴が、ようやく笑ってくれた。



 2013/05/23 


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