悪ふざけ 仗露 仗助がベッドに腰を下ろした拍子に、寝ころんだままの、露伴の緩く組んでいた脚が崩れた。 「センセ。デートどこ行きたい?」 テスト期間が明けたらデートをしよう、という仗助の提案を露伴はすっかり忘れていた。それでも仗助の方は、夕方に転がり込んで来た時からずっとこの調子で機嫌が良いままだった。 外に出るだけが何をそんなに浮かれることがあるのか、露伴は最中も疑問に感じつつ、これが若さなのだろうと勝手に結論付けていた。 「……テストが終わっただけでも、学生は浮かれるもんだしなぁ」 自分がどうだったか、露伴はすでに覚えていない。 「え?」 「何でもない」 仗助が小首を傾げたのを軽くいなす。 「おまえ、何時までなら大丈夫なんだ」 露伴は雑誌を捲る仗助の背中を見つめていたが、また緩く足首を重ね直した。 「いつも通りっス」 夕食は母親と共に、という約束を順守する仗助は、学校終わりにこうして訪ねて来ても決まってその時刻までに自宅に帰る。それはデートでも変えるつもりがないらしい。 女相手にやったら即フラれると言いかけて、自分は女じゃないから別に良いか、と露伴は口を噤む。代わりに仗助の手元から雑誌を奪い取って、ピンク色の『デートスポット特集』という文字に顔を顰めて見せた。 「昼間なら水族館だな」 露伴が雑誌をベッドの上に放り投げるのを見届けて、仗助は手招きに応じる。近づくとお互いに同じボディーソープの香りがしているのをしっかり自覚させられる。 「良いっスよ」 笑った仗助の屈託のなさに少し気圧される。それほどデートが楽しみかと訊ねる代わりに、露伴はその笑顔を壊してみたい衝動に駆られた。 「夜は……昔、承太郎さんと行ったからね」 一気に表情のなくなった仗助の顔が、露伴にはたまらない。 「……露伴」 泣きそうな声が高校生らしくて、ぞくぞくする。自分の性癖も大概だと感じながら、露伴は仗助の顔に両手を添える。 「ふふっ」 そのままぐにぐにと頬を撫で回している内に、自分がからかわれたんだとようやく仗助も気づく。 「イルカのナイトショーがあったんだ。月が出てて、良い見物だった」 露伴がたまたま承太郎と同じ日にショーを見に行ったのは事実だった。もっとも承太郎は毎晩の様に出向いていたので、その日でなくとも遭遇はしていただろうが。 「嫌な人っスねェ」 ムスッとした仗助の表情は、しかしどこかで安心した様に強張っていた部分が柔らかくなっている。それに気づいている露伴はまた、笑った。 「悪かったね」 もう一度頬を撫でられ、仗助は犬にでもなったような気分になる。 「けどな、まだ承太郎さんとのことを疑ってるおまえも悪いんだぜ」 独占欲が先行してしまうのか、仗助は自由奔放に見える露伴が自分以外とも関係を持っているのではないか、妙に気に掛けていた。 「露伴がそうやって疑わせるのが悪い」 ただしこの二人に関しては、面白がってからかう露伴の方に問題があった。 「ぼくなりに君を可愛がってるつもりなんだけどなぁ」 露伴が笑ったままそう言うのを、仗助は正面から受けてしまう。 「……すげぇズルいっスよ、そういうの」 単純単細胞の極みと、真っ赤になる仗助をまだ笑ったまま露伴は茶化す。しばらく恥ずかしそうにベッドに顔を伏せていた仗助が、急に動きを止めてポツリと、おれも夜に行きたい、なんて呟いた。 一連の動作があまりに子供らしくて露伴はにやにやした顔を一向に崩せずにいた。 「お袋になんて言おっかなぁ」 本当に夜の水族館に行く気になったらしく、仗助が悩み出す。女相手でもフラれずに済むじゃあないか、と口に出しかけて、また止めた。 「ははっ、卒業まで精々大人しくしてりゃいいさ」 「待ってらんねェっスよ」 頬を抓られた仗助がまた、拗ねた様な視線を露伴に向ける。 「馬鹿だな、仗助。ぼくは待ってやるって言ってんだぜ」 それを見て、露伴はにやりと笑う。 「……センセー、実は機嫌良いっしょ?」 さっきからずっと笑ってばっかり、と。仗助が指摘しても、露伴はその表情を崩さない。 「どうかな」 可笑しくてたまらないと言う顔をして、露伴は仗助の頬を指先で抓った。 2013/05/17 |