口論未満 仗露 「あんま無理してんじゃねぇぜ、露伴」 「五月蠅いなぁ。はやく治せよ」 ムッとしながらも、仗助はクレイジー・ダイヤモンドを発動させた。 玄関先でへたり込んでいたのが、急にガバッと上半身を起こしたので仗助は思わずビクリ、と肩を震わせる。 露伴の方は右手をグ、パッ、と握ったり開いたりをして、ようやく仗助と目を合わせた。 「ご苦労」 ヘアバンドは首まで下げられている。髪に隠れて視界が良好でないのも相まって、露伴の態度は愛想の一つも見えなかった。 「……それ、感謝の態度に思えねェんスけど」 急に呼びつけといてそれかよ、と。怒りを通り越してほぼ呆れた様な顔で、仗助は溜息をつく。 「何したらあんな怪我するんスか」 治す前に太腿から引っこ抜いた木の枝を見やる。そのまま治して身体の中に埋め込まれたらかなわないと、他の枝は大方露伴が自分で取り除いていた。けれどその太腿を貫通していた枝だけは自力で抜くことができず、治す直前で仗助が抜いてやったものだった。 「大体わかるだろう。崖から落ちてみたんだ」 まだ痛みの余韻があるらしく、露伴は時折顔を顰めながら身体の節々を動かしていた。仗助はそれを聞いても、呆れた顔を崩すことができない。 「なんとか家まで這って来れたんだが、おまえの家まで運転する気力は流石になかった」 「いや、そういう怖いことしねぇでくださいよ。マジで」 怪我したままの運転も、それ以前に崖から身を投げることも、想像だけで恐ろしい。それに露伴は口ではわかったと言うが、どうせまたやるだろうと仗助も確信している。この程度の口約束をお互いが守る事は滅多になかった。 「けどな、良い体験ができた」 にっと露伴が笑って見せる。仗助は唇を尖らせたまま、治したばかりの脚に手を添えた。 「死んだらどうすんだよ……」 ぐっ、と、枝の刺さっていた辺りを強く掴まれ、露伴はまた顔を顰めた。 「なるべく死なない程度にやってるだろ」 「それでも打ち所が悪かったりとか……ああもう、良いや」 諦めた様に仗助は、一度言い始めた言葉を切り上げる。露伴は少しだけ口をへの字に曲げた。 「口論したってあんたが止めねェのはわかってるし」 仗助が天井を仰ぐ。物の考え方が噛み合わないのは出会った当初から変わらない。 「まあ、そうだけどね」 それでも悪びれない露伴の態度を見て、仗助はまた唇を尖らせた。 「あんた、おれが居るから油断してるっしょ」 額を小突かれて露伴はまた顔を顰める。そこでようやく思い出したらしく、ヘアバンドを首から引き上げた。 「どっか遠くに行こっかな」 胡坐に片肘をつき、憮然とした表情でぼそりと仗助が呟いた。 「はぁ?」 「露伴のこと治してやれねーくらい、遠いとこっスよ」 もう一度小突こうとして、今度は露伴が避けた。逆に、仗助の方が胡坐を蹴って崩された。 「そうすりゃあんた、滅多なことじゃ怪我できなくなるだろ」 言いながらつまらないことを良くもまあ、と、仗助も内心自分に呆れていた。 「行きたきゃ勝手に行けよ」 仗助の予感通り、わざとらしい冷たい表情で露伴は手をヒラヒラとさせて見せる。 「……意地っ張りっスねぇ」 一瞬反論しようとして、結局また仗助の方が諦めた。 「おまえが言い出したんだろ」 「まあそうっスけど」 嫌な大人、とまでは言わずに、仗助は正座して露伴を上から覗き込んだ。 「さっきの嘘。おれ、杜王町好きだから遠くとか行きたくねぇっス」 「ふぅん」 真面目な顔で言うので、露伴の方は少し気後れした。治ったばかりの手をぎゅっと握られて、小さな痛みにまた少しだけ、顔を顰める。 「もし行くんなら、あんたのこと攫ってくし」 そう言って、にっ、と仗助が笑った。 「……本末転倒じゃあないか、それ」 一瞬呆気に取られるが、露伴もつい笑って、身体の力を抜いた。 「そっスね」 また仗助が笑った。露伴はその鼻先を強く摘まむ。 「ずるい奴め」 誤魔化しやがってと睨むので、仗助もまた唇を尖らせた。 「それは露伴も同じっしょ」 ずるいのに憎めないのはお互い様、と。双方、もはや口に出すことも憚られた。 2013/05/11 |