願ったり叶ったり4



「ワイン、頂けるんじゃないんですか?」
 彼が差し出したのはガラスのコップに注がれたミネラルウォーターだ。一口飲んで、やはり水じゃないか、と視線で彼に抗議する。
「それ以上酔っぱらったら杜王町まで帰れなくなるぞ」
 ああなるほど、確かにそうかもしれない。一人で電車に揺られてそのまま眠ってしまえば、どこまで行き着くかわかったもんじゃない。
「大丈夫ですよ……最悪終電になっても、駅でタクシーを捕まえればいいし……」
 口だけで抗議するが、酔いの醒めきらない自分には座らされたこの部屋のベッドが柔らかすぎて、既に睡魔が襲ってきていた。このまま身を沈めて寝入ってしまいたい。

「……帰らなくても、泊まっていけばいい。……と言いたいところだが、あんたはそのつもりがないんだろう」
 承太郎さんの言葉に、ようやくぼくはまんまと連れ込まれてしまったのだと思い至る。
「よくそれ、聞きましたねぇ。懐かしいな」
 だからあえて、笑い話のまま聞き流す。昔彼の部屋を訪れた時、冗談の口調で同じことを何度か言われた。ぼくもその度、冗談に笑いながら自分の家に帰った。
 酔っていたとはいえ、あんなに警戒したはずなのに。ぼくも馬鹿だな、全く昔から成長しない。少しだけ頭が冴えてきた。
 最後の護符であるかのように、ぼくは上着のポケットに入っている新幹線の切符をまさぐり、握りしめた。帰らなくちゃ。ぼくの町に、ぼくの家に。彼の居ない場所に。
 動作に気付いた承太郎さんが、おもむろにぼくの腕を持ち、手をポケットから出した。水色の表面に黒い裏地の厚紙が、ほんの少し折れ曲がって山を作っている。
「改札に入らなくなるじゃねぇか」
 承太郎さんはぼくの手の中からチケットを抜き取り、しわを伸ばすように指先でぐにぐにと曲げた。案外細かいことを気にする人だなと思う。それから、この調子ならすんなり帰らせてもらえそうだ、と安心した。
「承太郎さん、相変わらず優しいですねぇ」
「……優しい?」
 彼は少し驚いたように目を見開いた。そういえば、昔はそんなこと一度も言ったことなかったっけ。けれど常々思ってたことだ。
「優しいですよ、酔っぱらいにこんな介抱してあげて……」
「……優しいとは、ちょっと違うかもしれねぇな」
 切符を受け取ろうと差し出した右手が空をつかむ。承太郎さんが真面目な表情でかわしたのだ。その真面目な表情のまま、顔を近づけられる。
「かえさないと言ったら、どうする?」
 かえさないって。返さない、帰さない、どっちだろう。どっちもか。ここまで至近距離のまま承太郎さんと見つめ合ったのははじめてだ。やっぱりきれいな顔をしているな。仗助と少し似ていて、ジョースターさんとも少し似ている瞳。けれど違う。ぼくが一番好きな、グリーンがかった空条承太郎の瞳。

「……駄目ですよ」
 彼の手が頬に触れる寸前、ようやく声を絞り出せた。もっと徹底的に酔いつぶれるか、もしくは素面でいられたらよかったのに。半端にぼんやりとした意識は流されてしまうことも、拒絶しきることも難しい。駄目だと呟いてみても無駄。
 自分が彼の手から逃れようとしたのか、それとも押し倒されただけなのか。柔らかくベッドに身体が沈み、覆いかぶさってくる彼と更に距離が縮まる。しかしまだ触れない。
「ここまで来て拒絶される、意味がわからねぇな」
「わかるでしょうに。ご自身が、一番」
 触れる寸前で止まった承太郎さんは不思議そうな顔をした。
「ぼく、承太郎さんのこと好きですよ」



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