先立つ後悔   承露


「あれぇ、露伴先生じゃん」
 億泰が気付いてしまったせいで、仗助や康一くんまでこちらを向いた。わざわざ道路の反対側を歩いているっていうのに、馬鹿は本当に気が利かない。
 チラリと見返すと、当たり前だけれど、高校生たちに混じっていた承太郎さんもぼくを見ていた。会釈するでもない、ただ知っている顔を見かけた、という風な顔。それがぼくは見たくなかっただけなんだ。



「消すのか」
 馬乗りになってヘブンズ・ドアーを発動してみても、承太郎さんは涼しい顔をしていた。
「消しますよ」
 だってしょうがないじゃないですか。あんたはもうすぐ町を出るしぼくはそれを追える立場じゃないし。
「捨てられる前に、勝手に捨てられてあげます。優しいでしょ」
 言いながら無理に笑ってみせる。けれど承太郎さんはのってすらくれなかった。
「優しい、か?」
 怪訝な顔をされて、ついムッとしてしまう。こちらとしては健気な最後の精一杯の愛情でやっていることだっていうのに、なんて。頭の中で言葉にしてみると随分馬鹿馬鹿しい優しさだ。
「あんた程酷い男じゃなかったでしょ」
 けれどやっぱり言い返したい。彼の厚い胸板にぐいっ、と手のひらを押し付ける。心臓を抑え込んでやっても、ほとんど息さえ乱れた風に見えないんだから、本当に嫌な男だ。
「だって、承太郎さん。貴方、逃げようと思えば逃げられるじゃないですか」
 まだスタンドの効果を発動させたわけじゃない。彼がベッドに寝転がって居ようとぼくが上から圧し掛かって居ようと、元々の腕力の差はほぼ絶対だ。それなのに承太郎さんは、ぼくがしようとすることを完璧に理解しながら、拒んでくれさえもしなかった。
「ぼくのことを忘れたくないなら逃げてくれれば良いのに」
 そうしてくれればぼくも少しは安心して、容赦なく承太郎さんの中の記憶を弄れたのに。顔色もほとんど変えないんだから、ぼくのことを忘れたってきっとこの男は平気なんだ。自分の優しさだと思っていた勘違いが、余計惨めなものに思えてくる。

「それはあんたも同じだろう」
 酷く冷たい声に聞こえて、思わずビクリと肩がはねた。
「消したくないなら、消さなくったって良いんだぜ」
 挑発するようなことを、挑発するような声色で承太郎さんは囁いてくる。けれどその表情はやはり、涼しいまま何の感情も読めなかった。

「……消すよ」
 そう言ってから、ゆっくり彼の胸に爪を立てる。力を思い切り込めてやりたいけれど、薄皮を剥ぐみたいに捲れ上がり始めるページを優しくなぞるだけにとどめてみる。それがやっぱり、ぼくの馬鹿みたいな優しさだから。
 時を止めるなら今だよ、と。まだ、藁にも縋る思いで、心の中で呟いてみる。 けれど承太郎さんは動かない。
「ぼくが消したくって、消すんだ」
 あんたのためなんかじゃなく、ぼくが心穏やかに過ごすため。本当に、それだけ。
「そうか」
 ほら、どうせあんたは素っ気ない返答しかしてくれないんだもんな。

「……これで、さよならだね」
 それでもまだ未練がましくぼくが言うと、承太郎さんが呆れたようにふっと笑った。
「あんたもおれも、馬鹿だな」
 さよならと返してくれないのはきっと、承太郎さんの優しさなんだろうなぁ。




「先生、どうした」
 なるべく康一くんの方だけ見て話に加わっていたのに、ぼんやりとしていたせいで結局彼とまた話す羽目になってしまった。
「いいえ。何でもないですよ」
 ぼくのことを忘れても平気でいる承太郎さんなんて本当に見たくなかった。そうさせているのはぼく自身、ではあるけれど。
「そうか」
 ほらね、やっぱり同じような素っ気ない返答。
 消しても消さなくても変わらなかったかも、なんて。あんまり後悔させてくれるなよ。



 2013/04/28 


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