埋葬   仗露



 夏が終わる頃から、露伴の家の近所で見掛けるようになった猫がいた。
 以前一緒に見掛けた時、露伴は猫って嫌いだよな、と忌々しげに言い出した。理由を訊くとガンを飛ばすからだと、おれよりもよっぽど不良みたいなことを言っていた。それを真似して、露伴って嫌いだよなぁと茶化した。すぐにガン飛ばしてくるから、と。それで酷く機嫌を損ねてしまったことを、今でもよく覚えている。

 その猫が、ちょうど露伴の家の前で倒れていた。
 雨がほとんど道路の上の血の跡を洗い流していたけれど、ぶちまけられた内臓の赤黒さはやはり目立つし、車のタイヤの跡もやけに酷く目についた。スタンドを使って触れると、一瞬で真っ白な見慣れた身体に治る。それでも勿論動き出しはしない。顔を地面に押し付けるように、雨に濡れたまま冷たい身体を横たえていた。
 祖父の顔と億泰の顔が同時に浮かんだ。前者は兎も角、億泰は生きていたんだから、ここで思い浮かべちゃ悪かったのかもしれない。

「庭、埋めていい?」
 露伴は黙っていた。黙ったまま、庭の裏からシャベルを一つ出して、渡してくれた。
 人間の世界では、ただ穴を掘って埋めるだけのことが弔いになる。ほとんど泥みたいな土をかぶせる前に一度だけ手を合わせて、猫につまらない言い訳をした。
 
 埋めている間に散々濡れてしまったのでシャワーを借りた。温まってリビングに向かうと露伴がただ普通に、ソファーに座って本を読んでいる。何故だか酷く、安心した。

 急になんだか悲しくなった。

 露伴の膝に頭を摺り寄せると、露伴もまだ濡れた髪をぐしゃぐしゃに撫でてくれた。
「デカい図体して、ナイーブなんだな」
 雨もシャワーも涙もなんだか似たり寄ったりだと思った。けれど露伴の手が暖かくて、もっと泣けてくるほど安心する。
「露伴が死んだらおれ、腐るのより早く、ずっとああやって治すからね」
 言いながら馬鹿だなぁ、と思った。そんなことしてもどうしようもないのに。
「……腐敗にも効くのか?おまえの能力は」
 露伴は案外真面目に訊いてきて、少し気持ちが解れた。
「わかんねぇっス」
「頭がイカレちまったんじゃあないのか」
 露伴が呆れたような声を出した。おれは大真面目に泣いたまま、その声さえ生きているから出せるんだと、本気でそう思っていた。
「あんたが死んだらさ、頭イカレちまった方がきっと、幸せだ」

 目つきの悪いあの猫を一度だけ冗談で露伴、と呼んでみたことがあった。勿論一人の時に。その時あの猫は、ガンを飛ばしながらも、こちらにそろりと近づいて来た。
 あの猫が死んでさえこんなに悲しいのなら、露伴が死んでしまったらおれはどれくらい泣けばいいのだろう。

 フン、と露伴が鼻で笑った。そうだ、鼻で笑ってくれればいい。意気地なしだと笑ってくれた方が、本当によっぽどマシだ。
「おまえの方が先に死ぬんじゃあないのか」
 自分じゃ治せないくせに先陣切るような奴だしな、と露伴は言う。確かにそうかもな、と納得した。
「仗助」
 名前を呼ばれると、いつもドキリとしてしまう。
「その時はちゃんと描いてやるよ。それがぼくなりの、弔い方だ」
 露伴が逆さまに覗き込んでくる。その目にはいつもの鮮やかな力があって、きっと充血している自分の目を見られるのが恥ずかしかった。

 あの時おれは露伴にガンを飛ばしてくると茶化したけれど、それは今みたいに見つめ合っていた事実に他ならないと。今更気付いて、更になんだか恥ずかしくなってくる。
 埋葬するのはその後だ、と付け加えた露伴の、撫でてくれていた手はいつの間にか止まっていた。


 一緒に死ねとは、最後まで言ってくれなかった。



 2013/04/20 


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