運命以上   承露



「どこかで勝手に幸せになってるのかもな」
 珍しい承太郎の饒舌に、露伴は最初、何の反応もできなかった。
「……誰がですか?」
「おれと、あんたが」

 男同士が酒を飲んでいて、邪推する方がどうかしている。最初二人で出かけるのを嫌っていた露伴を、承太郎はそう宥めて連れ出した。
 しかし客の姿が殆どないとは言え、店内で、しかもカウンター席で、承太郎は露伴の手を握っていた。その態度は自棄とも油断とも違う。露伴には、居直りという表現が一番近く思えた。

 バーテンダーは離れて座る他の客の相手をしていた。むしろ承知していて、その上でこちらを気遣って近くに居ないのではないか。露伴は少し酔っている頭で、自身がそんな邪推をしていた。

「パラレルワールドとか、言うだろ」
 似ているけれど少し異なる世界。もし他人が聞いたなら、荒唐無稽な想像だと言うかもしれない。
「どこか別の世界では何の障害もなく、おれ達は幸せに暮らしているかもしれない」
 ただ露伴は、スタンドという非日常に既に触れてしまっていた。承太郎がそう言うなら、パラレルワールドがあっても可笑しくないと、そう思った。
「急にどうしたんです」
 承太郎が空のグラスを置いた。妙に酒の進みが早いと、ようやく露伴も気づいた。
「……そんな世界があると思うと、そっちの自分に腹が立つ」
 少し忌々し気な口調になった承太郎を見て、少し露伴の方は笑った。

「でも、その世界ではあなたの妻子はどうなってるんでしょうね」
 笑った顔のまま、目を逸らした。

「承太郎さんが奥さん達を大事にできないって悩むのはさ」
 露伴は言葉を切って、握られていた手をゆるりと振り払った。
「ぼくとのことが遊びだけじゃないってことだろ」
 振り払ってすぐに、指を絡ませて握り返す。
「最後には捨てられる側だってわかってても、ぼく、それが嬉しいんです」
 マゾっ気があるかも、と、露伴は少し辛そうにはにかんで、おどけた。

「……どの世界でも、あんたに守るべき人がちゃんと居るのは変わんないと思うんだ。多分、運命ってそういうものだろ」

 変わらないのが運命だよ、と言い切る露伴を、承太郎は少し赤くなった目元のまま見つめた。格好良い男だと、愛しい人間だと。どうにも敵いそうにないと、ただ頭の中でだけ、目の前の男を称賛していた。

「想像するのは、幸せだけど惨めだろ」
 ふと目を合わせてきた露伴の目元もほのかに赤く見えた。酒のせいだと、その言い訳の為に連れ出した自分を、承太郎は少し恥じた。
「……そうだな」
 今度は自分が目を逸らしながら、承太郎は何杯目かわからないグラスの酒を呷る。それを見て露伴の方も、また少し、ふっと笑った。
「ぼくはね、苦しんであんたとこうしてられるのが、幸福だと思う」
 頬杖をついた露伴が、また絡ませた指に力を込めた。承太郎はやはり、自分よりもこの男は強いのだと、頭の中でだけひとりごちた。


「本当にどうにかしたいなら、想像だけじゃなくって今、ぼくたちが目指すべきだし」

 運命、変えてみます?と。極端に明るく言ってみせる露伴を、少し驚いて承太郎は見やる。
 承太郎につられるまま、露伴の飲むペースもいつの間にか早まっていた。
「あんたとぼくならできるかもよ」

 なんと言っても最強のスタンド使いと、ぼくのタッグだからね。
 そう露伴が言ってみせる調子が、承太郎には歌でも歌って居るようにすら聞こえていた。酔っているせいだと言うのが、妙に憚られた。
「変わらないのが運命、ってのと矛盾しないか?」
 頭が少し冷えてきた承太郎が水を差す。露伴は一瞬真顔になったが、またすぐにとびきりの微笑を作って見せた。

「……その時は、きっと運命以上ってことですよ」
 


 2013/04/18 


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