平和ということ   仗露



 あまりの光景に、肩に下げていたスケッチブックを開くどころか取り落とした。

 時刻はちょうど夕暮れ間近で、学生たちからすると下校時間というのにあたるのだろう。先ほどから制服の群れといくつも擦れ違って来た。
 その群れがあまりに多いのに嫌気がさして、そういえばこの先に小さな公園があったはずだから逃げ込もうと、脇道にそれた先で偶然見知った顔を見つけてしまったのだ。

「おい……仗助」
 いつもなら顔をしかめて嫌味の一つでも言う所だが、ベンチに身を沈めるように座っている仗助の方が先にこちらに気付いていたらしく、すでにマズイと言いたげに目を逸らしていた。
「露伴先生。……ドーモ」
 仗助の全身から来るなよ、というオーラが発散されている気がした。自分らしくもない躊躇を一瞬したが、好奇心を抑えるなんてできそうにない。

「仗助。訊いて良いか」
「……何も言わねェで下さいっス」
「……酷なことを言うな」
 目の前で見てもそれはあんまりな光景で。スッと指を向ける、その自分の指先が震えて見えた。

「それは、鳩だよな?」
 仗助の頭に、鳩が座っていた。   しかもリーゼントに合わせるように、正面を向いて。

「……そっスね」
 諦めたらしい仗助が、ようやくこちらに顔を向けた。その表情はげんなりと形容するしかない。鳩は真顔だ。
「追っ払っても追っ払っても乗って来るんスよ」
 コンビニなんかに入っても離れないから、家に帰るに帰れないと。仗助がそう愚痴るのを聞き流しながら、つい鳩を凝視してしまう。
 そんな時代錯誤の鳥の巣みたいな頭してるからこんな汚いドバトに好かれてしまうんだろう前に言った通りじゃないか、と。ああ、言ってしまいたい!
「いい加減巣に帰れって感じなんスけどねぇ」
「……そうだな」
 だから、その巣だと思われているんだろう。ポンパドールが少し乱れてフワッと柔らかくなっているのが、まさに鳥の巣にしか見えない。

 そろそろ笑い出したいが仗助が不意にジロリと睨んでくるので、ついたじろいでしまった。
「先生。言いたいことあるんなら言ったらどうっスか」
 仗助の髪型について言及して殴られた、あのファーストコンタクトを思い出す。
「……お似合いだとか言ったら怒るだろう」
「まあ、怒りますね」
 あれは貴重な体験だったが、正直なところ二度と御免こうむる。

「……鳩の脚だな」
 ふと思いついて、仗助の学ランにつけられた金色のポイントを指差す。
「え?」
 指された物を見ようと、仗助が首を傾けた。仗助の言う通り、鳩は意地でも動かないつもりらしくその角度に合わせて、傾いた。
「似てるだろ」
 仗助の学ランはゴテゴテと飾り立てられている。右胸の上にくる位置には、ちょうどピースマークがついていた。
「そうっスか?」
 また仗助が首を傾げる。合わせて鳩も傾く。まるで髪の一部になっているようで、笑うのを正直これ以上耐えられそうにない。
「ラブアンドピース、だな」
 左胸にはハートマークがついていたので、なるべく仗助の頭上に意識を向けないように話をそらす。少し語尾が震えて笑ってしまったが、仗助は言葉の方に気を取られたらしかった。
「……先生から愛と平和なんて聞くとビビるっスね。槍が降りそうっス」

 一応、といった風に、仗助が頭の上で手を動かした。バサッと大きな音を立てて鳩が一瞬飛んだが、すぐまた狙いを定めた様に仗助の頭の上に落ちてくる。
 ぼくにしてははっきり言って、耐えた方だと思う。 

「仗助。おまえに頼みごとをするなんて思ってもみなかったんだが」
「何スか……」
 嫌な予感がする、と言いたげだ。

「後生だから写真だけでも撮らせろ」
 カメラを構えると、仗助は身を引き、顔や頭を手で隠そうとした。
「んっ、な!テメェそういう嫌がらせやめろよ!!」
 こちらは最悪、また殴られるのを覚悟したと言うのに。往生際が悪い!
「おまえが悪い!そんな面白い状態に陥るおまえが悪い!!」
「なんだとテメェ!!」
 しかし、シャッターの音と強烈なフラッシュに驚いたのか。

 あっ、という短い仗助の言葉と共に、平和のシンボルは無事飛び立って行った。



 2013/04/15 


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