馬鹿には出来ない   承露



 貞操云々を言うつもりは毛頭ない。けれど呼ばれて部屋に来てみて、すぐ目に飛び込んできたのが女の喘ぐ姿だったのは、流石のぼくでも堪えた。
「……遅いじゃねぇか」
 喘がせている承太郎さんの方は極めて冷静に非難の言葉を投げかけてくる。うっかり自分が悪いことをした気になる。すみませんと謝ってしまった。

 終わるまで待ってろ、と言ってまた女の方に集中している彼をぼんやり眺める。ハッと今の状況の異常性に気付いて、慌てて外の廊下に出た。

「鍵くらい掛けましょうよ」
 そそくさと出ていく女と入れ替わりに、再度部屋の中に足を踏み入れる。他は兎も角、服をしっかり整えているのが妙に忌々しかった。
「……先生が来た時、入れないと困るだろう」
「いや、入っても困りましたけど」
 先ほどまで女が横たわっていたベッドに腰掛ける気が起きず、立ったまま承太郎さんの顔をねめつける。涼しい顔。そこはもはや、一周回って怒る気にもなれない。
「見かけない顔でしたけど。杜王町の人間ですか、あの女」
 次に街中で擦れ違ったら気まずい。気まずいが、ぼくの記憶だけは消しておきたかった。今出ていく時に消しておけば良かったのに、ぼくも混乱していたらしい。
「知らん」
「は?」
 なのに、承太郎さんはぼくの意向を汲み取る様子が一切ない。
「大方観光客だろう。ロビーでさっき会った」
「……」
 町の人間でないなら、今後見つけて記憶を消すのは難しそうだ。ホテルの前やロビーで遭遇するまで、見張る気力もそうない。このままうやむやに済むのを願うしかない。

 問題はこの男の方で、セフレが複数居るのはまあ我慢できる。ぼくもその一人なんだろう。浮気は馬鹿には出来ないと聞くが、彼の隠す気のない複数との関係に、今甘んじているぼくの方がこの場合は馬鹿なのだ。
 けれどおそらくこの空条承太郎は、ぼくに来いと電話を掛けておきながら、数十分が我慢できずにさらっと引っ掛けた行きずりの女を抱いた。浮気にしたって愛人にしたって、いくらかの礼儀は必要ではないのか。
「何だ?今更幻滅したか?」
 悪びれないと辞書で引いたらそのままこの男が出てきそうだと思った。
「いや、別に」
 何か言うのを諦めて、肩に下げていた荷物を机の上に放り投げる。例えば彼の妻や娘なら彼を今責め立てても問題ないはずだ。ぼくは残念ながら、その権利が一切ない。

「まあ、もし今居たのが仗助とかだったりしたら、流石に幻滅したかもね」
 ベッドに手をつくと、ふわりと女物の香水の匂いがした。居たのが男だったらもっと嫌な気になっていただろう。そして知り合いならもっと。その点では今回の遭遇は酷くやさしいものに思えた。
「あいつは十六のガキだ」
 承太郎さんがいかにも嫌そうに眉根を寄せた。その顔が意外で、思わずぼくも表情を変える。
「あなたにそんな良識があったなんて。すごく驚きました」
「……あんたはおれを何だと思ってんだ」

 ベッドの上に転がされそうになったので、身を引いてそれを阻止する。
「もう満足したでしょ」
「先生。あんたが良いんだが」
 嘘吐け、とまでは言わず、身体をずらして距離を取る。潔癖ぶるわけじゃないが、女の匂いが染みついたこの場所でやる気は一切起きなかった。

「……あんたがそうしろって言うなら、他のセフレ連中とは手を切っても良い」
「は?」
 承太郎さんが、真面目な顔で酷く唐突なことを言った。
「あんたがどういう誠実さを求めているのか、おれにはわからん」

 だから、こうしろと言ってくれ、と。ぼくにはそれが子供染みた言葉にしか聞こえなかった。

 ご機嫌取りにしたってもっとマシな言葉があったはずだ。ぼくに言え、だなんて。ぼくに決めろ、だなんて。奥さんと別れろと言ったって、どうせ別れないくせに。物を自分で考えないなんて、酷い逃げ方もあったもんだ。
「言いませんよ」
 ぼくは彼のセフレの内の一人に過ぎないし、今後そこから発展するべきものは何もない。惜しむものがお互いあったとしても、それは絶対だ。

「そうか」
 すんなりと彼は真面目な顔を伏せた。けれどその手が自然にぼくの膝の上に乗っていて、思わず顔を覗き込んだ。
「あんた、結構本気で頭オカシイですよね」
 何が何でもやるつもりらしい。改めてベッドの上に転がされながら、さっきのやり取りが何の意味もなさないことが少し、ショックだった。

「そうか?」
 一度着こんだ服をまた脱ぎながら、承太郎さんは何食わぬ顔でとぼける。
「自分の欲求に素直に生きているだけなんだがな」
 嘘ばっかり、と言おうと思った矢先、それは本当だろうな、と思わず納得してしまった。

「ふぅん。どーしようもない人なんですね」
 ぼくがどうこう言えるか、何てことは置いておくに限る。
「そうだな」
 何でそこで笑うんだ、とは言えない。

 こんな男に身を任せてしまっているんだから。
 最後に馬鹿を見るのも最後に馬鹿と言われるのも、きっとぼくの方に違いない。



 2013/04/09 


SStop








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -