二人の孤独   仗露



 ふと目を覚ますと、一階からテレビの音が聞こえた。
 上半身を起こして隣を見ると居るはずの仗助の姿がない。ぼんやりとその空白を眺めていると、冷蔵庫がバタンと閉まる音がまた一階から聞こえてきた。

 何となしに階段を音を立てない様に注意しながら降りて、そのままリビングを覗き込む。
 電気は点いていない。テレビのチカチカとした光だけが、コップに口をつける仗助の顔を照らしていた。

「何してるんだ」
「露伴」
 その横顔に声をかけると、驚いた様に仗助が背筋を伸ばしてこちらを向いた。近づいてソファーの隣に腰掛けると、またその背中をゆるりと曲げて覗き込んでくる。
「起きたの」
 二階にまで聞こえていたはずのテレビの音は案外小さくて、自分や仗助の声ですぐに掻き消された。
「おまえは寝ないのか」 
「いや、深夜番組でプリンス特集やってて」
 テレビに目を向けると、確かにそれは音楽番組のようだった。しかし言葉を交わすとほとんど音は聞き取れない。音量を上げさせようかと、テーブルの上に投げ置かれたリモコンを指す。仗助はそれに気づいたが、小さく頭を振った。
「夜だし」
 ほんの少し音量を上げたところで、近隣の家にまで聞こえるはずはない。何か言ってやろうかと一度口を開いて、結局面倒になってそのまま口を噤んだ。

 テレビの光は爛々と仗助の顔を照らしている。せめて電気を点けようかと一瞬思ったが、寝起きの自分がわざわざ立ち上がるのもやはり面倒で、仗助の横顔をただじっと眺めていた。

「おふくろもね、深夜にテレビとか見てると起きてくんの」
 唐突に口を開いた仗助はテレビから目を離していない。
「そんで早く寝なさいよ、とか言うけど」
 自分は仗助から目を、離せない。
「でも、露伴みたいに、おれのこと見つめてきたりすんの」
 仗助は音楽だけ聴ければ良い様で、番組がインタビュー映像に切り替わるタイミングで、ぽつりぽつりと言葉をこぼした。

「なんかわかんねーけど、そういうの、スゲェ愛されてるんだなって感じる」
 番組は佳境に入ったらしく、ライブ映像のがなるような音に仗助の声が重なった。その反響がむしろ、酷く静かな夜であることを気付かせた。

「ホントは起こしたくなかったんスけどね」
 黙ったままでいると仗助は身体を曲げて、テーブルの上のガラスコップに手を伸ばした。冷えているであろう烏龍茶が、今まさに仗助の上下する喉元を下って行っているのだ、と、まだ寝ぼけた頭で勝手に想像する。
「別におまえのせいで起きたわけじゃないよ」
 真夜中に目が覚めることはそれほど多くない。それでも決して仗助の不在やテレビの音で意識が覚醒したとは思っていなかった。
 仗助はテレビからようやく視線を外した。優しい笑い方をしながら、それがどこか悲しげにも見えた。テレビの頼りない明かりしか照らしていないからだと、そう思った。

「うん。でもさ、起きて隣に居なかったら、ちょっと寂しくね?」
 仗助の瞳にはテレビの光がチカチカと反射して、眩しかった。
「……別に」
 答えながらも、自分が起き抜けに感じた虚無感を思い出してしまった。そうだな、自分はあの時寂しかった。 
 仗助は大げさに反応をして見せる。その困った様な笑顔はやはり、酷く優しいのに、どこか悲しげに思えた。

「おれね、時々自分ちで起きた時、露伴が居なくて寂しいんスよ」

 その悲しげな理由が掴めないのが、自分もやけに寂しかった。




 2013/04/07 


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