願ったり叶ったり3



 東京で彼が泊まっているホテルは、杜王グランドホテルと同じように内装までこだわった、妙に高そうなところだった。
 そういえば昔もこうして彼の部屋を訪ねて、そのまま酒盛りしたり、絵を描かせてもらったりしたんだったなあ。酔っぱらっている露伴は、いつものように思い出し笑いをした。少し不思議そうに承太郎さんが覗き込んでくる。

 再会してみるまで、露伴は不安と緊張からピリピリしていた。
 漫画の感想を聞き、酒を飲んで昔話に花を咲かせる。それだけか?それだけで終わるのか。それだけで終わってしまうのか。
 二度と会わないだろうからという淡い恋慕は、年数を重ねる内にぼくの中で相当な美化をされていたらしい。また会える、それも彼から呼び出されて。そう考え出した途端、きれいな思い出のままでいたいのに!と、恐怖が心を蝕んだ。それなのに、どこかで期待してしまう自分にも苛立った。
 明らかに彼はぼくをまだ、想ってくれているじゃないか。あの時できなかった続きが、数年経った今ようやく果たされるのではないか。想像力の逞しいぼくは考えるのをやめられない。
 無駄に働く脳とは裏腹に、漫画を描く手が進まなくなった。彼からの電話が原稿を二週間分済ませていた時で、本当に良かった。当日、あまりに緊張してぼくは胃液をS駅のトイレで逆流させた。本当に、なんて自分は馬鹿なんだろう。心の底からそう思った。

 けれど会ってみると、彼はすんなりとぼくの隣りを歩いていた。待ち合わせの駅で久しぶりだな、と目を細めた承太郎さんは相変わらず若々しく見えた。ぼくは二十歳の頃に比べてそれなりの変化があるつもりでいたから、思わずまじまじと見つめてしまった。
 よく見ると肌年齢は確かに年相応かもしれない、と思った。筋肉も少しだけ、ぜい肉に変わっている気がする。服の趣味は相変わらずだ。白ではないにしろ、ロングコートに例の帽子。それから趣味のいい靴。
 彼が思わず、という風に噴き出したので、ぼくはハッと我に返った。あんなに緊張していたのが嘘みたいに、彼の笑顔を見ると心が和んだ。
「相変わらずなんだな、君は」
 やはり昔からぼくは彼のことをジロジロ眺めていて、しかも本人にもそれがばれていたんだろうか。恥ずかしさから、どこに行くかも聞かずに顔を背けて歩き出してしまった。それが当然と言わんばかりに、承太郎さんは隣りを歩きはじめた。ああ、なんだ、杜王町にいた頃と変わらない。彼はぼくのことがよくわかっている。

「向こうの通りの店を予約してる。酒を飲むには早い時間だが、別に構わないだろ」
 承太郎さんが指差した先、その店にぼくは心当たりがあった。昔、お互い住んでいた時期も長いから東京の話題が出ることも多かった。その時彼がおすすめしてくれた和食の料理店が、この先にはあるのだ。
 一気にぼくは気分が高揚した。彼も、あの他愛もない会話を覚えていたのだと。そして、久しぶりの再会で、そこにぼくを連れて行ってくれようとしているのだと。
 何故気付けたかと言うと、彼がアメリカに帰ってしまってから、上京の用事に合わせて一度だけその店の前まで訪れたことがあるからだ。生憎定休日だったようで、飲み食いはしていないのだけれど。
 あなたがおすすめしてくれたから、ぼく、一度来ようとしたんですよ、と。これは彼に言うべきだろうか。言わずともばれるかもしれない。ああ、でもどっちでも良いか。指摘されたら白状すればいい。それよりも。
「ここ、昔教えてくれたお店ですよね。ありがとうございます、連れてきてくれて」
 伝わるだろうか、この喜び。少しだけ、単に行きつけだからここに来ただけだったらどうしようかとも思った。けれど彼が小さく微笑んでくれたので、やっぱり勘違いじゃなかったのだとわかる。頬がまたにわかに熱くなった。

 そこからは、本当にまた他愛もない話で盛り上がった。おすすめと言うだけあって料理もお酒も美味しい。酒がすすめば次第に話す内容も緩くなる。仗助は未だにどうだ、とか、学会で発表した論文の話だとか、漫画の感想や昔話以外にも沢山の話題がお互いの口から紡がれた。
 来る直前に胃液を吐いたのが嘘のように、ぼくは大いに飲んでしまった。お手洗い、と席を立とうとした時に驚くほどふらついてしまったのだから、相当に飲んだのだろう。
 片腕を伸ばして支えてくれた承太郎さんの方も頬がほのかに赤い。機嫌がいいような、楽しげな目元は彼が酔っている証しだ。
「すみません……こんな時間から酔っぱらうだなんて、まったく、良いご身分ですね、ぼく」
 へらっと笑いながら言うと、彼もやはり笑う。
「おれも同じ状態だ。……少し休んでいくか」
 返事をする前に、承太郎さんの方も席を立った。トイレに行っている間に彼は手早く会計を済ませていて、どこが同じ状態だよと思う。
「ぼく、まだ飲み足りませんよぉ」
「……ホテルの部屋に良いワインが置いてあるから、それで我慢してくれ」
 ワインが頂けるなら良いかな、と彼の横に並んで店を出た。緩い風が、酒の為に朱を帯びた頬を叩く。心地いい。



   2←/→4


SStop








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -