彼の一生   承露



 彼が良く笑うようになった気が、していた。
 口数が少ないのは第一印象通りだった。しかしふと目が合う瞬間、彼は何も言わずに口元に小さな笑みを作ってくれる。その顔が案外可愛い。普段の無表情とのギャップも含め、ぼくにとってはその笑顔がたまらなかった。

「露伴。お願いがあるんだが」
 言いながら、承太郎さんの手がぼくの顔を撫で回す。お願いという言い方が彼らしくなく、可笑しかった。
「お願い?」
 撫でてくるのを邪魔しない程度に、向かい合った彼の顔を見上げる。視線が合うと、やはり彼の口角が緩く持ち上がった。
「一生のお願いだ」
 子供みたいなこと言って、と、ついぼくも笑ってしまった。彼は予想外のことを時々しでかしてくれる。そこがまた妙に可愛いと思う。
「……良いですよ」
 内容にもよるけれど、と付け加えたかったが、承太郎さんの顔がパアッと明るくなったように見え、躊躇してしまった。
「本当に?」
 少し不安になりながらも、その笑顔で覗き込まれると後には引けない気になってくる。

「お願い、何なんです?」
 首を傾げる様にしてまた見上げると、承太郎さんは何も言わずにサイドテーブルに投げ置かれていた紙袋を手に取った。
 取り出した物を見せてくれるのかと思ったのに、さっと顔のそばまで近づけられ、それが何なのか把握することができなかった。

 バチン。耳元で大きな音が鳴った。思わず身体が撥ねたが、承太郎さんが空いた方の手で肩をしっかりとつかんでいたので、ベッドが一度だけ大きく軋んだ。 
「っい、たっ……!」
 その手から逃れる様に、身体を捻ってベッドに倒れ込む。少し遅れてきた耳の痛みは酷く熱を持っていた。指先で触れると硬い感触に当たり、また驚いて小さく身体が震えた。
「……嘘でしょ、承太郎さん」
 悶絶しながら承太郎さんの手元を見る。小さくて長方形に見える、それが市販のピアッサーだとすぐ合点がいった。
 彼は黙ったまま覆いかぶさってきた。無理に顔を向けさせられ、ピアスに触れられる。熱を持っているように感じているのに、触れてきた彼の指はそれ以上に酷く熱く感じた。

「動くなよ」
 言われて素直に身体を硬直させてしまう自分が悲しかった。承太郎さんは優しい手つきで、ぼくの耳を貫いたばかりのピアスを抜き取った。嫌な痛みが走って、思わずぎゅっと目を瞑った。
「ホント……嘘でしょ」
 流石にどん引きだ、と。そんなぼくの呟きは全部無視され、また紙袋から取り出された何かが顔に近づく。顔を背けようとして、また顎を掴まれ無理に顔を向き直させられた。
 酷く乱暴に捻じ込まれ、開いたばかりのピアスホールに激痛が走る。血が出ている、きっと出ている。混乱して、それぐらいしか考えられなかった。

「似合うと思っていたんだ」
 そう言いながら、承太郎さんの指と身体がようやく離れた。じわじわと痛む耳に恐る恐る触れると、ぶらりと大きな物体がぶら下がっていた。身体を起こすとそれが揺れて、痛みがまた走った。
 見ると、彼の手元には対になったもう片方のピアスが残っている。真っ赤な球体が二つ繋げられた、チェリーのような大きなピアスだった。


 ヘブンズ・ドアーで読む記憶は文章だけでなく、ビジュアルの印象が強い記憶は挿絵として本の中に表現される。
 ぼくはこのピアスをつけた人物に関する記憶を挿絵で見たことがあった。承太郎さんの中に大切に大切に残されている、記憶の中で。

「重ねてるんですか」
 怒れば良いのか悲しめば良いのか、ぼくには解らなかった。
 一時の遊び相手に過ぎないであろうぼくは、このピアスの人物以上に承太郎さんの記憶の中に刻まれることはきっと決して永遠にないはずで。
 それが解っている以上、代わりになろうなんて思考は浮かんだことがなかった。

「……そうだな」
 承太郎さんは少し申し訳なさそうにして、笑うのを止めた。
 似合うと彼は言ったけれど。鏡で見なくても自分には全く似合っていないだろうと想像できた。ぼくはあくまでぼくでしかない。重ねたところで、傷つくのは承太郎さんの方に違いなかった。

「……いや、違うかもしれない」

 また彼がぼくの耳に触れた。
 驚いて見上げると、急に逆の耳の方に痛みが走った。

「っ、何、し、て……!」
 指先にはまた二つの球体の感触があった。一瞬混乱して、すぐに彼が時を止めてやったのだと理解した。
 
「本当に重ねてるなら、こんな悪趣味なこときっとできない」
 承太郎さんはまた笑った。
「あんたにやってみたかった。それだけだ」

 一生のお願いにしては確かに悪趣味にも程があると。そう、素直に思った。




 悪趣味に付き合わされるこっちの身にもなれよ、と。あの後自分は結局腹が立って仗助にホールを治させた。
 その次に会った時承太郎さんは少し残念そうな顔をしたが、特に何も言わず、たった一度の一生のお願い事をうやむやにしたままで終わらせた。

 結局彼と一生一緒に居るなんてことは勿論なく、後腐れもほとんどなくぼくらは別れた。それは最初から予想していた通りの結末で、ちょっとは寂しくなったけれど、妥当だと納得していた。
 けれどあのピアスホール。あれを残していればまた何か違ったかもしれない、なんてことを、時々考えてしまう。彼も大概だが、ぼくも大概そうなんだろうと。まるで他人事のようにそう思って、少し笑った。

 彼の一生に添い遂げることは望んでいなかった。ただもう少し、その一生を横切っていたかっただけだ。
 


 2013/04/04 


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