悪人   仗露



 肩に触れていた仗助の手が滑って、組んでいた足の上に乗せられる。一拍間をおいて、露伴はその手をバチンと叩いた。

「いってぇ」
「足には触るな。言ってるのがわからないのか?」
 不満げな顔の仗助を一瞥するが、露伴はすぐに手元の本に視線を戻した。
「いい加減足くらいは良いんじゃないっスかぁ?」
 文句を垂れる仗助を無視して、露伴は足を組み直す。ソファーのスプリングが小さく軋んだ。

 仗助からの告白を、露伴は条件付きで承諾した。仗助が条例に触れない年齢に達するまで性交渉は一切行わないという、青少年にはむしろ過酷な条件を。
 触るのも肩や手に留め、下半身には特に接触しない。していいスキンシップは友人レベルまで、キスすらも勿論しない。
 最初は付き合えるというだけで有頂天になり条件を飲んだ仗助も、厳格な露伴の取決めに焦れてきていた。
「悪い人っスねぇ」
 唇を尖らせて仗助が肩を揺すってくるのに根負けして、露伴は本を閉じて顔を上げた。

「おまえの方がよっぽど悪人だぜ、東方仗助。ぼくをそんなに犯罪者にしたいのか?」
 それほど外聞を気にする性質ではないが、有名な漫画家として生活している以上露伴にも守りたい面目があった。
「天才漫画家が淫行で逮捕、なんて洒落にならん」
 眉を顰めてそう言う露伴を、まだ仗助は不満げな顔で見つめていた。

「真剣な付き合いなら捕まらないって言ってたじゃん。おれ、ホント真面目に好きっスよ」
 顔を寄せてそう言う仗助に、露伴は少し気圧される。仗助の真っ直ぐな視線には言い知れない凄みがあった。
「後からおまえが何言うかわからないだろ」
 しかし、露伴は本を開いてその視線から逃れる。
「はぁ?」
「おまえが無理矢理だったって言ったら、ぼくはそれだけで捕まるんだよスカタン」
「何それ」
 仗助の声が苛立ちを多分に含んでいるのに、露伴も気づいていた。 

「……なら書いて良いよ。おれに、絶対露伴のこと嫌いになんねぇって」
 無理に聞き流そうとつとめていた仗助の言葉の意味を、遅れて理解する。露伴は思わず本から視線を上げた。
「そうすれば露伴、安心できるっしょ」
 言いながら、仗助が不安げな顔をするのが露伴は酷く腹立たしかった。
「……馬鹿なんだな、おまえは」
 胸を押し返して見ると、仗助は不安に加え不満も入り混じった顔で、なおも唇を尖らせている。
「おまえが逆の立場なら、それで安心できると本当に思うのかよ」 
 露伴にはその表情がやはり、酷く苛立たしかった。

 仗助が本心から想っているというのを、露伴も信じていないわけではない。しかし露伴にはその本心を読むことも書きかえることも出来る。出来るという事実は同時に、しないという選択肢を生んだ。
 その選択肢を選んだ事。それが露伴にとってはただ一つの仗助への誠実さだった。

「そんなこと書かせようとするなんて、やっぱりおまえの方が悪人だね」
 


 2013/03/20 


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