指切り   承→露(仗露)



「相席、良いか?」
「……承太郎さん」
 岸辺露伴がこちらを見て、一瞬まずいな、という顔をしたのを見逃さなかった。しかし彼はすぐに観念した様にどうぞ、と隣の席を指し示す。丸いテーブルには四脚の椅子が添え置かれていた。

 カフェのオープンテラスで見知った二人組を見かけ、思わず足を止めた。片方は自分の叔父である東方仗助。そしてもう片方は漫画家の岸辺露伴。狭い町の中で、顔見知り同士がお茶をしていても決しておかしいことはない。しかし彼らに限っては、少なくとも違った。
「仗助とは犬猿だと聞いたが」
 言いながら、わざと露伴が指した椅子ではなく、正面の仗助が座っていた席に座る。仗助はおそらく手洗いだろう。一人で席を立ったのを見計らって声をかけた。 
「そんなこと訊きたかったんですか?」
 露伴の居直るような態度に、内心で笑う。
「フェイクだったのか」
 仗助の愚痴は勿論、露伴自身と数度話した中でも、お互いを罵っているのを何度も聞いた。
 しかし先ほど見た二人は、見るからに和やかな雰囲気を纏っていた。仗助が何か冗談を言ったのに露伴がただ少し、笑う。気安い仲であるのが一目でわかった。それだけなら仲が良くて良いことだ、程度の認識で終わったはずだった。しかし。
 仗助の右手が、露伴の左手に重なっていた。 それに気づいてしまい、自分は思わず足を止めてしまった。

「別に騙そうってわけじゃあないですよ」
 紅茶を一口すすり、露伴が足を組みかえた。
「あいつが言いたいなら言えば良い。隠したいなら隠せば良い。約束事があるわけじゃあ別段、ないんだ」
 何かとウマが合わないのは事実ですし、と、露伴はあっけらかんとした口調で付け加える。
「そんなで付き合ってられるのか」
「承太郎さんくらい話が合えば良いんですけどね。ぼくが黒と言ったら白と言うような奴ですよ、あいつは」
 そう、眉を顰めて言う。しかしその口元に笑みが浮かんでいるのが、普段とは違った。

「それでもおれじゃなく、仗助なんだな」
 仗助がそうしていたように。右手を伸ばして左手に重ねると、露伴は一瞬身を硬直させた。鋭いような冷たいような、つまり普段の視線のままでこちらを睨め付ける。
「……ぼくは謝った方が良いんでしょうか」
 しかしすぐに、視線を重ねられた手に逃がした。抵抗するでもなく左手の指をゆるゆると動かしているのがくすぐったい。
「気を持たせてしまったなら、なんて。でもあんたみたいに良い男に言うと、自意識過剰みたいで嫌だな」
 そう言いながら露伴は笑う。どこまでが本気で言っているのかを煙に巻く様に、視線を合わせようとしない。

「謝る必要はない」
 強く手を握ると、流石に驚いたらしく肩が跳ねた。思わず、という風に目が向けられる。
「別に、約束事は無いんだろう」
 彼の指先を握り込む様に撫で上げ、小指を緩くつまんで見せる。露伴はやはり抵抗しなかったが、握り返すような真似もしなかった。
「案外、軟派なんだな」
 ポツリと零された露伴の呟きを無視しながら、触り心地の良い彼の小指を自らの親指の腹で柔くなする。
 ふと、仗助が露伴にイカサマを仕掛けた話を思い出す。怒った露伴は、仗助の前で一度この小指を切断して見せた。
 双方から愚痴として聞かされたはずの話が、今になるとその関係を示唆しているように思えてならなかった。

「小指を捻り千切るくらいなら、おれは簡単にできる」
 言いながら、胸の内の靄をようやく理解した。成る程、これは嫉妬だ。

 露伴はしばらく黙っていた。しかしふっ、と、力を抜く様に少し笑った。
「しても良いですよ」

 身を乗り出す様に、露伴の顔が近づいた。覗き込まれて驚く。驚く間に、彼の手はするりと逃げて行った。

「また、仗助に治させるだけですから」
 露伴はそう笑ったまま、立ち上がった。
 数度手をヒラヒラさせ、失礼しますね、と言って歩き出す。呆気にとられた自分は、その背中を目で追うしかできなかった。


「あれっ承太郎さん」
 我に返ると、目の前に仗助が帰って来ていた。ハンカチで手を拭きながら、困惑した顔で空いている椅子に座り、きょろきょろと周りを見渡した。
「あのぉ、露伴の奴、居なかったっスか?」
 この叔父も叔父で、窺うような目つきがどうにも憎めないと思う。ふとテーブルの上を見ると、いつの間に置かれたのか紙幣が一枚、コースターの下に挟まれていた。

「先生なら帰ったぜ」
 すました顔で言うと、仗助は納得したのかどうかわからない唇を尖らせた顔で、ホントに勝手な野郎っスよ、と笑った。
「アイツ、何か言ってませんでしたか?」
 氷が融けきっているコーラを手に取って、仗助はまだ窺う視線でこちらを見てくる。露伴とは違い表情の示す意味が良く読み取れて、愉快だった。
「口説いたら、振られた」
「えっ」
「冗談だ」
 固まったままの仗助をしり目に、通りかかったウェイトレスにコーヒーを注文する。
「それより仗助。学校はどうした」
 サボりか、と畳み掛けるとようやく仗助もハッと気付いたように言い訳をはじめる。
 それを聞き流しながら、チラリとメニューを確認した。露伴が置いて行った金額なら大概のものを注文してもおつりがきた。

 振られた慰めにコーヒーの一杯くらい、馳走になっても良いだろう。



 2013/03/17 


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