この次   承露 *若干DV表現有



 この次。
 なんだか最近、会う度にそう思っている気もする。

 手首に残った鬱血を指先でなぞってみる。暗い青色に承太郎さんの手の形が残っている。色のせいだろうか、妙にそこだけ冷えている気がした。
 せめて右の手首じゃあなければな、なんて思ってしまうんだから、もはや是非も無い。

「シャワー、浴びるか」
 濡れた髪をタオルで拭きながら、承太郎さんがドアを開けた。言われたぼくも、すました顔を作って返事をして、ベッドからのろりと裸の身体を起こす。

 最初の内はこんなに荒々しい調子じゃあなかった。キスの一つすら妙にじれったい遠慮を含んでいた。
 それが、多分照れからくるものだったけれど、ぼくが小さな拒絶をしたことで呆気なくただの暴力に変わってしまった。
 殴られた時は何が起こったかよくわからなかった。承太郎さんが拳を握りしめていたのでようやく頬の痛みと直結したくらい、それくらい、突然のことに思えた。

「おれを酷いと思うか」
 訊かれたって答えようがないのに、彼はいくらでもそんなことをぼくに投げかけてくる。酷いと答えても酷くないと答えても多分殴るくせに、本当に酷い男だと思う。
 けれど彼にとっては、多分ぼくの方が酷い男なんだろうとも思う。
 
 ただ受け入れて欲しいだけなんだね、と。最強とすら謳われる彼を読んだ感想を、そううっかりと零してしまったぼくがきっと悪いんだ。
 そう言っておいて、受け入れなかったんだから。

 どこかに擦り傷ができたらしい。シャワーを浴びていると、腰の辺りや脚の間にじわじわと嫌な痛みが走った。
 最近は抵抗するのも無駄な気がしている。けれど何もしないのが気に障る日もあるようで、ぼくはそういう時もやっぱり痛めつけられる。

 理解はできるけれど同意なんかできやしない。ぼくには彼の望むような優しさを与えてあげることが、できそうにない。
 
「おれを見棄ててくれないか」
 仗助に頼らないといけないほど全身がぼろぼろになったぼくを見下ろしながらそう言った日もある。
「おれの記憶も、全部あんたが書きかえてくれれば良い」
 ぼくができることなら本当はしてあげたいんだけれど。それじゃあ意味がないのは多分、承太郎さんも解っているんだと思う。

 シャワーを止めると音が消える。音に紛れてぐちゃぐちゃになっていた頭の中の考えが、一気に霧散してしまった気がする。
 彼が守りたいものも守れなかったものも、ぼくのスタンドは全部読み上げてしまえる。だからこそ彼はぼくに甘えてしまいたいんだと頭では理解できる。
 理解できるけれど、やっぱりそれを受け入れるだけの優しさがぼくには足りていない。
 
 こんなに可哀そうな人なんだから、ぼくがいつか殺してあげなきゃなぁ。

 初めて殴られた夜が明ける頃、声を潜めて泣いている彼を見て、ぼくはぼんやりとそういう覚悟を抱いた。
 もしもその時寄り添ってあげたら、抱き締めてあげたら何か違ったんだろうか。
 独りの男は独りだから美しい。そう思ってしまったぼくのことを彼は残酷だと言うだろうか。

「露伴?」
 承太郎さんの声がすぐそこで聞こえる。
 シャワーの音が止まったのに中々出てこないので、覗きに来たんだろう。
「大丈夫か?」
 顔を出して承太郎さんの顔を間近に見る。彼の目元は赤くなっている気もした。彼もシャワーを浴びたばかりだから、別に何かおかしいことなんてないんだけれど。
「大丈夫ですよ」
 一応そう答えてはみるけれど、一体何が大丈夫だと言うのだろう。
 シャワールームを出て身体ごと向き合う。殴るのはいつも彼の方なのに、ぼくよりもずっと怯えた様な気配を持っているのがあんまりに可哀そうだった。

 こんなに可哀そうな人なんだから、ぼくがいつか殺してあげなくちゃ。
 ぼんやりとまたそう思いながら見つめると、彼も見つめ返してくれる。
「身体くらい、拭け」
 柔らかく、彼が笑った。

 手を引かれてバスタオルにくるまれる。小猫にでもそうするように全身をぬぐってくれる彼は夜のことが嘘みたいに優しい。 
 目を閉じてされるがままになっているぼくにも、自然と口元に笑みが浮かんだ。

 この次。
 この次この人が弱音を吐いたら、その時こそ本当に、彼を殺してあげよう。

 それくらいしか、ぼくは彼への優しさを持ち合わせていないんだから。



 2013/03/11 


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