願ったり叶ったり2




「東京にしばらく居ることになりそうだ。久しぶりだが元気にしているか?」

 承太郎は名乗らずとも通じるだろう、と、わざと性急に電話口に語りかけた。音はほとんど聞こえてこないが、相手が息をのんだような、体を強張らせるような、一種の緊張が感じとれた。
『……お久しぶりです。学会か何かですか?』
 思った通り、岸辺露伴は自分の声を思い出したようだ。動揺を隠そうとした落ち着いた口ぶりが、むしろ承太郎への想いを暴き出してしまったことを気付いているのだろうか。
「いや、財団の仕事でな。目黒に支部があるんだ」
『そうですか。何です?仗助たちへの連絡なら、ご自分でなさってくださいよ』
「……仗助たちにはむしろ言わないでくれ。あいつとは別にずっと会ってねえわけじゃないしな」
 岸辺露伴が電話越しに考えあぐねいているのが想像できる。じゃあ何故、何年も会っていないぼくに電話してきたのか。しかし口に出してしまえば、きっと決定的に何かが変わってしまう。あの漫画家は敏いから、それを躊躇っているのだ。

「……久しぶりに、会えないか。おれがそっちに行ってもいい。けれど東京なら、知り合いにも会わずにゆっくりできる」
 だからこそ、切り出すのは自分だ。これだけ言って、自分が口説かれているのだと気付かないほどあの青年は馬鹿じゃないだろう。
『……別に会って話すことなんて、ぼくにはないです』
 彼の声は妙にはっきりとしていた。語尾が少し震えたのを除けば。フラれたということか、と一瞬思い、すぐに打ち消す。
「別に用がなくても良いだろ。久しぶりに会って、酒でも飲んで、思い出話でもしたい気分なんだ」
 電話越しに彼は押し黙った。岸辺露伴は承太郎を気遣っている。数年前、ただの友人で見送ってくれた時のように。好奇心のままにこちらを見つめてきたのは彼の方なのに、見つめ返すと決まって彼は申し訳なさそうに目を逸らした。

「どうしても用がいるって言うなら、漫画の感想を言わせてくれないか。月遅れだが英訳のが出てる。こっちでも人気があるんだ」
 それこそ電話越しでどうぞ、と言われても仕方ない用事だろう。これは一種の賭けで、杜王町で時間を共にした時よく使った手だ。彼は頑なな人間だが、自分の漫画を持ち出される時だけは意識して、つっぱねてしまう悪い癖を封印するようにしていた。
『……わかりましたよ、お伺いします』
 思った通り彼は折れてくれた。会う日程を決めながら、承太郎は密かに破顔した。端から見て、それが笑顔に見えるかどうかは別として。



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