埠頭   承露(仗→露)



 埠頭には、夕暮れ時という時間帯も相まってほとんど船の姿がなかった。
 潮風に吹かれる度、露伴は目を細めながらも海の姿をじっと眺めていた。

「明日、見送りはしませんよ」
 仗助のやつが行くと言ってましたし、と。言われた承太郎の方も、海から視線は外さなかった。

 承太郎たちは明日、杜王町を発つ。親しんでいた多くの者がそれを惜しんだ。
 深い関係に至ってしまった露伴も、表面上はその惜しむ内の一人に埋没していた。

「仗助から何か言われたか」
 露伴は随分前、妻子持ちと不倫していることを物の弾みで仗助に打ち明けてしまった。
「まあ、それなりに」
 言ってしまったものは仕方ない、と、それを承太郎その人にも報告していた。

 仗助が不倫を許せるような性質ではないと、承太郎も理解していた。血縁者の立場からなのか、単に関係の暴露を懸念しているのか。仗助の話題が出る度、どこか不安げな口ぶりになるのが露伴には可笑しかった。
「おれについて?」
 露伴が顔を隣に向けると、承太郎もそれに合わせて視線を寄越す。
 夕日に染まった海面のコントラストが目に焼き付いていて、チカチカと眩しく見えた。

「やっぱり、あんただとは気付いてないみたいですよ」
 露伴は少し笑って、靴底でコンクリートの地面を蹴った。砂利の音が短く響いたが、防波堤に叩きつけられる波の音がそれを打ち消す。
 仗助にとって承太郎は尊敬に値する人物であり、疑う対象には一切成り得ない。それは露伴にとっても一種の救いであり、同時に地獄だった。
「そうか」
 また、承太郎は海に視線を戻した。
 承太郎の言葉は、安心した風にも取れるし、興味を失った風にも聞こえる。その短い返事にも、露伴はこの一夏で随分慣れてしまっていた。

「もう騙す必要もなくなる。これできっぱりあいつを振れますよ」 
 承太郎との関係に苦しんでいるのにいち早く気付き、そして力になりたいと真っ直ぐに見つめてくる仗助の、血縁ゆえに似た瞳が露伴には酷く堪えた。

 そんな酷い男はやめて、おれにしなよ。そう告白してきた仗助に、全てをぶちまけてしまえば楽になれるかもしれないと何度も夢想した。
 同時に承太郎との関係を切りたくないとも思い、仗助の中の承太郎への神話をぶち壊すのも恐ろしかった。あらゆる葛藤の中で、意志薄弱な自分自身が一番、露伴にとっては苦痛だった。
 その苦痛がようやく終わりを告げる。
 別れの悲しみよりも、解放の喜びの方が先行しているのかもしれない。薄情だと思いつつ、露伴はもうほとんど気が楽になってきていた。

「振らなくても良いんじゃないか」
 しかし承太郎の言葉に、露伴は横顔を見つめながら一瞬押し黙った。
「……案外酷いこと言いますね」
 露伴は眉間に皺を寄せたが、承太郎はそのままの調子で言葉を続ける。
「あいつなら、あんたを大切にできるんじゃないか」
「ははっ、どうだか」

 露伴は自分の爪先に視線を逃がした。また、靴底で砂を踏む音が鳴る。
「あんたやジョースターさんと血が繋がってるんだ。あいつだってその内浮気するかもね」
 皮肉のつもりだったが、承太郎はやはり涼しい顔のままで視線を露伴に向ける。
「あいつならジジイを反面教師にできるだろう」
 露伴はその言葉に笑った。笑ったが、すぐにその笑みを引っ込めて、神妙な面持ちになって承太郎に身体ごと向き直った。
「……別に、他人に押し付けていかなくても、追いかけて行ったりしませんよ、ぼく」
 その表情を見て、承太郎もバツが悪いと言いたげに、帽子に手を添える。

「……悪かった」
 帽子がわずかにずらされ、承太郎の双眸が露伴を見据える。
「あんたは怒るかもしれないが、悔やんでいる。遊びと言い切るには、本気になりすぎた」
 不実なことを真面目な顔で言うのが、どうにも露伴には愉快に思えた。

 承太郎の瞳が夕日を映して、鮮やかなオレンジに染まる。
 露伴の瞳も、同じようにいつもと違う色味を帯びていた。

「良いんだ」
 言葉を一度途切れさせ、薄らとした笑みを自然になる様に形作る。
「あんたもぼくも、お互いに何も残しちゃいけない」
 夕日に掻き消された承太郎の本来の瞳の色も、もう思い出そうとしてはいけないのだと自らに言い聞かせるように。
 露伴は、ゆっくりと瞬きした。

「寂しくなったら、本当に仗助で憂さ晴らしでもしますよ」
 顔を背けながら、何食わぬ風に露伴が言う。
 承太郎も、露伴の空元気に合わせる様に、一瞬だけ口元に微笑を作った。

「どうせ承太郎さん、生まれ変わっても一番はぼくじゃないんでしょ」
 そんな気がしますよ、と。
 露伴にとって、惹かれた理由も苦しんだ理由も、そして結論も。全てはそこに終着した。

「……あんたも、結構酷いことを言うじゃないか」
 言いながらも、承太郎は心の隅でその通りだろうな、と納得した。

 遠くで汽笛を鳴らす音が聞こえる。
 潮風で冷えた自らの指先を包みながら、露伴は夏の終わりを早くも想像した。

「さようなら、承太郎さん」

 夕日が埠頭と佇む二人を照らす。
 お互いの本来の瞳の色は、もう二度と見ることができない。



 2013/02/28 


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