繰り返しの朝に 仗露 ぼんやりとしたままリモコンを手に取り、天気予報をやっているチャンネルを探す。 ちょうどニュースキャスターが杜王町は晴れでしょう、と言ったので手を止めると、一昨日の猫や犬に襲われたことを言い出したので、苛立って電源ごと切った。 「露伴、天気、どうって?」 髪型を整え終わった仗助が、学ランに袖を通しつつ廊下の先からそう声をかけてきた。 「晴れだとよ」 ソファーに背を預けて目を閉じる。まだ起きたばかりでよく頭が働かなかった。朝食は適当で良い。 近づいてくる足音はスリッパではなく、もう革靴の音になっている。耳を澄ませる内にまた意識がとろんとしてきたが、くるまれていた薄いタオルケットを剥がされて一気に目が覚めた。 「露伴、服着たら?」 仗助はソファーに転がったぼくを上から覗き込む。確かに下着しか身に着けていないから、そう言われも仕方ないかもしれない。 「シャワーを浴びたらな」 まだ自分の声が眠気を孕んでいる気がした。仗助はそれに気づいたようで、ゆるく優しい笑みを作った。 「康一たちとの待ち合わせに遅れても知らねェっすよ〜」 今朝は、川尻早人に会いに行く予定があった。一刻も早く関係性を掴まなければ、いつ吉良が家族に手を出してもおかしくなかった。 「おまえこそ。家に一回帰るんだろ。とっとと行けよ」 堂々と外泊しておきながら、一度は家に帰ると言う几帳面さが面白いと思う。仗助の、内面と外見、優しさと短気さのアンバランスさがよく反映されている気がした。 「まだ大丈夫っしょ」 仗助は笑いながらリモコンをかすめ取り、隣りに腰を下ろしてテレビをつけた。のろりと身体を起こして画面を見やる。もう先ほどのニュースは終わっていた。 「……あれ」 身体を曲げて床に落とされたタオルケットを拾おうとすると、むき出しの背中に仗助が手を伸ばしてきた。 「ん?」 仗助の指が脊椎をなぞるように移動する。触られていてわかるくらい、妙な山になっているのに気付いた。 「露伴……その背中の傷跡、何?」 「一昨日のはおまえが昨日治しただろう。どんな傷跡だ?」 まさか一晩の間にまた怪我をしたはずもない。触られても痛くはない。首を背中側に向けてみるが、よく見えなかった。 「なんか、中から盛り上がってるような……」 内側から、爆発した後のような。 可笑しな表現だが、自分で触ってみても確かに三か所、骨とは違う感触があった。普通の時間経過で治癒した傷の跡、そんなものだろうかと想像する。 「なんか、スゲー嫌な傷跡……」 仗助は不安げな声を出す。自分でも知らない傷跡なんて気味が悪いが、朝から妙なことで手間取っていても仕方ない。 「フン、なら治してくれよ」 身体を反らして背中を仗助に向けると、仗助はまた手を這わせてくる。今度は妙にいやらしい触り方に感じた。 「おれは別に便利屋じゃねぇっスよ?」 「そうだな。ぼくだけが便利に使えるってだけだ」 他人に良い様に使われるんじゃあないよ、と。そう言いたいのを堪えた。 「ホント露伴って性格わりィよなぁ」 そう言いながらも仗助は笑った。視界の端でクレイジー・ダイヤモンドの腕が見えて、背中を触るともう傷跡はなくなっている。 「便利なお礼に、おまえが遅れたら寝坊してるんだろってことにしてやるよ」 時計を見ると、仗助が家に寄ってもギリギリ間に合うか、程度の時間だった。自分もシャワーを浴びるなら朝食は無理だな、と判断する。 「うへぇ、お優しいコト」 そう言った仗助も、時間に気付いたらしく鞄を手に取った。 窓から見送る背中の、その先の空には雨雲が見える気がした。ニュースでは晴れと言っていたから、通り雨程度だろうか。 仗助よりも先に到着できるよう、今日は車を出そう。そう思案しながらシャワールームへと向かう。つけっぱなしのニュースからは、また別のアナウンサーが杜王町の快晴を伝えていた。 ――また、この町の朝が巡る。 2013/02/26 |