騙せない相手   承露



 例えば康一くんや仗助に『ぼくは空条承太郎と不倫してるよ』なんて言ったって、彼らはきっと信じないだろう。そう思えるくらいぼくらは慎重にお付き合いをしていた。

「露伴、寝るのか」
 隣りで本を読んでいた承太郎さんが、ぼくが毛布を顔まで引き上げたのに気付いたらしくそう言った。こうして何度も逢引きして同じベッドで寝ているのを、ぼくと彼以外の人間は誰一人も知らないんだと思うと、むしろぼくらだけが取り残されて何も知らされていないんじゃないかと嫌な想像をしてしまう。
「うん……ああでも、別に明かりは消さなくていいよ」
 ぼくの言葉をスルーして、承太郎さんがサイドランプに手を伸ばした気配がする。カチッ、と音がして、彼もゆるりとぼくと同じように毛布に潜り込んでくるのを感じた。

「したいんですか?」
 触れてきた承太郎さんの手は暖かい。例えば父親への郷愁のような、安心する温もりだ。
「いや、おれも眠い」
 暗くなった部屋の中で、彼の表情は読み取れない。けれど少し間延びした声は本当に眠気に誘われた風で、ぼくも彼の肌に手を這わせて目を閉じた。

 最近セックスの回数も疎らになってきた。別にぼくはそれを不安には感じていないし、彼も不満はないようだ。けれど会う頻度は変わらない。だから少しだけ不思議だ。
 こうしてただ一緒に時間を過ごして、話をして、ご飯を食べて、ただ一緒に寝て。不倫にしては随分曖昧な関係だ。身体だけの繋がりみたいに、確かじゃない。

「寝ないのか」
 無意識の内、承太郎さんの脇腹に置いていた手に力を込めていたらしい。ごめんなさい、と言うと、彼は少しだけこちらに身体をずらした。
「したいか」
 ほんの少しの距離が縮まっただけで、急に彼の声が大きくなったように聞こえた。呟くような短い問いかけなのに、ぼくにとっては妙に重要な尋問に感じられる。
「別に……」
 眠いんなら寝なよ、と言って乗せていた手を自分の身体に寄せる。少しの沈黙の後、彼の腕がぼくの身体に絡んで引き寄せられた。

 どうしようもなく彼と寄り添うと安心する。けれど同時にぬるま湯みたいだ、なんて酷く勝手な感想が頭に浮かぶ。
 セックスレスとか倦怠期とか、夫婦や恋人ならそういうことだと納得できるんだろうか。

「これって幸福なのか?」
 口に出してみて、我ながらこんな馬鹿みたいなことをよくも言えたもんだなと辟易した。不幸になる覚悟はしていたはずなんだ。なのに、今は何が幸福なのかさえよくわからなくなっている。 

「おれにとっては、少なくとも……幸福だ」
 未だ緩く眠気を含んだ承太郎さんの声。この声がぼくだけのために発せられている。優越感と幸福感はどれくらい近くに位置しているんだろう。

 彼の大きな手がぼくの頭を柔らかく撫ぜる。指先から伝わってくる彼の体温がぼくの肌にも馴染んでくる、この感覚は確かに幸せだと思えた。

「だが、先生にとっては違うかもしれないな」
 自分は幸福だと言ったその口で、承太郎さんはそう零した。

「どうして?」
「あんたには刺激が足りないだろう」
 ああなんだそんなことか、と、ストンと腑に落ちて、そしてそんなことを彼に言わせてしまったことを後悔した。
 彼の方がよっぽどぼくのことを理解している。不満はないけれど満足もない、今ぼくがグラついていることを明確に言い当てられた。
 
「……ぼくは承太郎さんと居るの、幸せだと感じてますよ」

 だから安心して、と。まるで子供をあやすみたいに優しい声が自然と出た。きっと誰が聞いたって子供騙しでその場限りの言葉に聞こえただろう。

「そうか」
 けれど彼の声はぼくの言葉を信じてホッとしたような、柔らかく緊張の解けた調子に聞こえた。承太郎さんが腕に力を込め、身体が隙間もないほど密着する。そのまま彼は寝るか、と一言呟いた。

 もしかすると彼は騙されてくれただけなのかもしれない。
 例え嘘でも、信じる者は救われる。嘘が露見するまでは、少なくとも安心していられるもの。

 ぼくだって、世界中の誰も知らない二人だけの関係を幸福なものだと信じたい。 
 けれどぼくの嘘で唯一騙せないのは、自分自身なんだ。



 2013/02/16 


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