期待 仗露 「露伴センセー、一応どーぞ」 そう言って仗助がぼくの手の上に置いたのは、おそらくチョコレートなんだろう。 ピンクの包装紙に赤いリボンがけの、いかにも典型的なバレンタインのラッピングがされていた。 「……ぼくはおまえにチョコなんて用意してないぞ」 恋人同士だからと言って、ぼくがこんな行事にうつつを抜かすとはよもや仗助も思ってはいまい。 編集部の人間にファンから届いたチョコを送る、という電話を貰わなかったならば、バレンタインであることすらもぼくは気づいていなかったかもしれない。 「だろうと思ってた。別に良いっスよ、その方が露伴らしいし」 ぼくの言葉を予想していたようで、仗助は笑いながら勝手知ったる風にソファーへと座った。 そう言い切られてしまうと、それはそれでどこか癪に障る。何のレスポンスも期待していない、そう言われたような気がした。 「でもおれ、今代わりに欲しいものがあるんっスよ」 自分が機嫌を損ね切る前にいっそ追い返してやろうか、と思案しているところに、仗助が甘ったれな顔でそう呟いた。 それなら解りやすくてシンプルだ。お返しに、高校生の財力では届かないような何かをねだる。口実に使うという名目のチョコレートなら、見返りを求めないただの好意からプレゼントされるチョコレートよりも随分、解りやすい。 「フン、何だ?ものによっては考えてやってもいい」 向かい側のソファーに座ってそう言うと、仗助はいかにも嬉しそうに、マジ?と呟いた。 相変わらずがめつい性格だと思うが、今日チョコを用意しろだのホワイトデーにお返ししろだの、行事を意識させられるような七面倒くさいことを言われるのはごめんだ。 「言ってみろよ」 手をひらり、とさせて促すと、少し真面目な顔つきになった。そのまま言葉を待とうとしたが、仗助は立ち上がったかと思うと、すぐにぼくの隣りに座りなおした。 顔を覗き込まれて思わず、息を飲む。数秒して、ようやく仗助は口を開いた。 「代わりに、キスしてよ」 まっすぐ見つめながら、それこそほとんどキスしそうな距離で、仗助はそう言った。 「おれのことずーっと見つめて、おれのことだけ考えながら、キス。して欲しいな」 そう畳み掛けてくる仗助の目は真剣そのものだった。しかし、口元は普段の仗助らしい口角の上がった、微笑む様に柔らかい形を作っていて、ひどく浮ついた、淫猥な表情にも見えた。 「……それだけか?」 覗き込まれた瞬間、キスなんかよりもっといやらしいことをねだられるのだろうかと、つい推測してしまった。 まるでそれ以上を望むような口ぶりになってしまった気がして、少し恥ずかしくなってきた。 「それだけで良いっス」 けれど仗助は、視線を外さないまま腰に腕をしっかり回してきた。断らせるつもりはないらしい。 「……キスだけだぞ」 ぼくの言葉を聞くと、仗助は飛び切りの微笑を作って、ゆっくり唇に触れてきた。 最初はついばむようにして、それから段々と舌を潜り込ませてくる。 歯を舌先でゆっくりなぞられるとゾクゾクするし、むさぼられながら感じる仗助の唇は厚ぼったくて気持ち良いと、素直に思う。 いつものキスと違うのは、お互いに目を逸らさずに見つめ合っているということだけだ。 自分は自然といつも目を閉じていたからなんら意識していなかったが、キスの距離で見つめ合う仗助の目は、痛いほど眩しい。 口内を犯されながら色素の薄い瞳と視線を合わせていると、全てを暴け出されていく気になる。ぼくの全てを、内側から、そして外側から見透かされているようだ。 舌を絡ませ、自ら発している水音すらもどこか遠いことのように頭がぼんやりとした。 宝石のようなキラキラとした瞳を見つめていると頭がおかしくなりそうだ。まるでぼくの世界は仗助だけになってしまったようで、怖い。 ぼくの一種の怯えに気付いたんだろうか、仗助がまるでなだめるように、大丈夫だと言いたげに、目を細めた。 仗助は眼だけでも微笑める男だった。 その微笑がぼくにはたまらなかった。 肩に両手を置くと、仗助は顔を少し傾け、更に舌を奥まで侵入させる。瞬間的にゾワリとして、すぐにそれも熱を持った快感に変わる。 何分間もひたすらお互い見つめ合いながら唇を重ね合わす、確かに今、ぼくは仗助のことで頭を占領されている。仗助もぼくのことだけを考えているのかと思うと、身体がより、熱を持った。 セックスよりも濃厚に感じてしまいそうだった。 ほんの少し仗助の腕に力が籠められて、無意識に、腰が揺れた。 それに自分で気づいてしまって、羞恥心から思わず、仗助の肩を押し返してキスを中断した。 「キスだけじゃねぇの?」 仗助には気付かれてしまったらしい。ニヤリ、と笑った顔がひどく憎らしかった。 「……このクソガキッ」 離れようとしたが、腰に回された腕にがっちりと掴まれて身動きできない。抱きすくめられたまま、また視線を合わるはめになる。 「ごめんって……正直、期待してたけど」 何を、と訊こうして、すぐにぼく自身も考えてしまったキス以上のことだろうと気付く。余計羞恥心が増したが、仗助は腕の力を抜こうとしない。 「……ね、キスだけじゃおれが我慢できなかったっス」 だから、ね?と。またキスする直前の距離で、仗助はずるいほど甘い微笑を作って見せた。 2013/02/14 |