願ったり叶ったり   承露未満→承露



 勘違いでなければ、お互いに惹かれ合っていたと思う。スタンド使い同士だからってだけでは勿論なくて。
 吉良と戦っていた頃のぼくたちは、それぞれが持っていないものを相手の中に確かに見ていた。
 承太郎さんの何もかも任せてしまいたくなるような寛容さをぼくはいたく気に入っていたし、承太郎さんの方もぼく・岸辺露伴の持つ危なっかしいまでの好奇心に刺激を受けている様子だった。
 
 それでもあの夏一切の過ちも犯さずにすんだのは、彼が海の向こうに残した二人の女性のおかげだろうか。

 一方は女性と言うよりも女の子だろうけれど、血の繋がった娘が彼にとって可愛くないはずがない。お互いの引力を自覚する以前に一度だけ見せてもらった家族写真は、その中に写る承太郎さんの緊張したような顔つきよりも、『娘自慢』をしてくる当人の緩みきった顔ばかりが目に焼き付いた。
 結局のところ、同性同士という本来大きな障害になりえるものはぼくにとって少しも影響がなかった。けれど既婚者で、更には子持ちであるというわかりやすいハードルに、ぼくはまんまと引っかかってしまったのだ。
 
 不倫が嫌だなんていかにもありがちな恋愛のハードルに聞こえるけれど、実際のところぼくはそこまで不倫について深い嫌悪感を持っていたわけではない。
 気持ちが浮つくことなんて普通の人間ならあって当然だと思うし、むしろ一対一で相手を拘束する現代日本の結婚倫理こそ妙な制約だと常々思っていた。寝たい相手とは寝るし、寝たくなくなった相手とは寝ない。それで結構じゃあないか。
 ぼくはそういう自分の性格をよく知っているから、特定の相手を作ろうとは思っていなかったし、勿論配偶者を持つことは永遠にないだろう。
 ぼくが嫌だったのは不倫すること自体ではなく、『空条承太郎が不倫をする』という点にあった。

 長身に恵まれた容姿、回転の良過ぎる頭脳と無敵のスタンド・スター・プラチナ。漫画の主人公にしたなら詰め込み過ぎと言われてもおかしくないほど、空条承太郎という人は『完璧』な男だ。
 吉良のせいで長く日本に滞在したから、彼の妻はそれなりに不安になり、不満をぶつけることもあったろう。それでもあんなに完璧な男を心の底から嫌える人間がいるとは思えない。愛し合って子供まで作った間柄なら、なおさら。
 愛する家族までも持っている、完璧な男。そんな空条承太郎のことが、ぼくは好きだった。

 彼がみっともなく男に走って、男とセックスして、男に愛を囁いて、家族を裏切る大きな過ちを犯す。ぼくが彼と不倫したら、空条承太郎は完璧でなくなってしまう。

 それを見るのが嫌で、ぼくは彼との交わりをスレスレのところで回避したのだ。

 いや、本当は、彼がみっともなくなってしまう姿も、少しは見てみたい気もしていた。
 奪い取ってでも手に入れるだけの価値が、確かに彼にはあるのだ。傷がついても、玉が砕け散るわけでは決してないのだし。
 けれどあの頃の自分は良くも悪くもまだ若い盛りで、青いぼくの脳みそは、漫画みたいに完璧な彼がやっぱり好きなんだから、という納得の仕方を選んでいた。
 その選択は結果的に間違っていなかったと思う。承太郎さんは奥さんに顔向けできるままアメリカに帰れたし、彼の中には『男と不倫して躰を許す』ような、安っぽい岸辺露伴像は生まれなかった。こちらも不倫という人聞きの悪い行為は未遂で終わったし、ぼくの中には淡い恋心って具合に、良い思い出が残っている。万々歳だ。
 
 しかしこの『良い思い出』は、良い物なりに厄介な面も持ち合わせている。空条承太郎を完璧な男のまま見送ってしまったところのぼくは、数年経った今でも彼のことを忘れられずにいるのだ。
 激しい未練があるわけではない。みっともないところなどまったく見ていないおかげで、そういえばあの時、承太郎さんはあんなことを言ったなあ、なんてしょうもないことが、思い出し笑いと共に浮かんでくる程度のことだ。
 けれど良い思い出というのは劣化をしない。むしろ、美化されてしまう傾向の方が強いようだ。

 年々、彼の思い出が記憶から甦る度に自覚させられる。ぼくがいかに空条承太郎を好いていたかを。

 本当に、些細なことばかりが思い出される分、当時の自分が彼を矯めつ眇めつ見つめていたのだろうと思えば頬が自然と熱くなってしまう。あの夏、ほんの短い間の交流だったからこそ、ぼくは踏みとどまれたんだと思う。
 もしあと一週間、いや、一日でも長く彼が杜王町に滞在していたなら、一線を越えていた可能性は多いにあったのだろう。
 自覚させられると共に、良い思い出が残るだけの結果で本当に良かったと思う。
 妻子持ちの男に恋して、ノーダメージどころかプラスのまま、ぼくはこうして歳を重ねられたんだから。もしかすると承太郎さん以上に好きになる相手は今後現れないかもしれないが、結婚する気の元々ない自分にとって大きな問題ではない。
 ぼくの恋は無駄な体力を使わずに済むまま永遠に残り、ぼく自身はこの世で一番大事な漫画へと全力を注げる。願ったり叶ったりばかりの人生だ!

 ――そう思っていた。承太郎さんからの、電話がかかってくるまでは。



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