寝覚めの声   仗露



 ソファーの上で、仗助は規則正しい寝息を立てている。

「仗助、寝てるのか?」
 
 露伴の家の家具は多くがヨーロッパ製で、国内の物とは規格が少し違う。
 家主一人には大きすぎるソファーだが、外国の血が混じった仗助には全身を預けられるサイズで、丁度いい。
 端に腰掛けて覗き込むと、仗助は少しだけ身動ぎした。
 成長期なのだから、いずれはあの空条承太郎すらも越え、このソファーに寝れなくなるかもしれないな、と。露伴はぼんやり考えながら、仗助の寝顔を眺めた。

 外食に出かける約束を反故にしたのは露伴の方だ。妙に筆が乗って、今日の内に原稿を完成させたくなった。
 そんな露伴に慣れた調子で、じゃあ一階で待ってると、仗助は笑顔で階段を降りた。
 露伴はテレビをつけた気配まで気にかけていたが、その後は仕事に集中していた。
 
 時計に目をやると、優に三時間は経っていた。露伴も疲労感と共に空腹を感じていたが、それを大人しく待っていた育ちざかりの仗助はそれ以上だろう。
 外はどっぷりと暮れていたが、駅周辺のレストランはまだ開いている時間帯だ。上着を取りに、露伴は二階に戻る。仗助が起きた時、すぐに外に出られるように。

 キッチンの壁にかけていた車のキーを手にして、もう一度ソファーの端に腰掛けた。仗助は、先ほどとは少し違い、背中を丸めるように、横を向いてソファーに沈んでいた。
「仗助、寝てるのか?」
 露伴はもう一度その閉じた瞼を見つめて、訊ねる。知らない人間が聞けば少しきつい口調に聞こえるくらいだろうが、普段の露伴を知っている者からすれば、その声はひどく優しい。

 もう仗助の、規則正しい寝息は聞こえない。けれど仗助は目を開けようとせず、その露伴の問いかけに答えなかった。
「……寝たふりだろ。分ってるんだぞ」
 少し、露伴は身体を傾ける。顔が近づいたのに緊張したように、仗助が身体を固くした。だが、まだ瞼は閉じたままだ。

 長く待たせたせいで拗ねたか、という考えも一瞬露伴には浮かんだが、それならもっとわかりやすく唇を尖らせて抗議するだろうと思い至る。
 寝起きの薄らぼんやりとした意識で、仗助はじゃれているだけだ。

「ぼくに通じるかよ。いい度胸だな」
 言って、露伴は緩く鼻先をつまむ。少し仗助は我慢していたが、子どもがいやいやとするように、目をつぶったまま顔を背けて逃れた。

 可愛い子ぶりやがって、と、露伴は呆れた気持ちを持ちながらも、事実可愛いやつだ、とも感じてしまっている。
 時に鋭い調子で周囲を圧倒するくせに、こうして年下らしい甘えたがりの面も持ち合わせている。タラシを体現したような男だと露伴は思う。そんな仗助に、露伴は見事誑し込まれてしまったのだ。

 けれど、されっぱなしは露伴の癪に障る。また少し距離を詰めて、仗助の耳元に唇を寄せた。

「……仗助、」

 小さな声で、名前を呼ぶ。
 そして、それよりも小さな声で。仗助以外には誰にも届かない声で、一言囁いた。


 仗助は、長い睫毛を震わせてパチリと目を開く。首を傾け、露伴の顔を見つめ返した。
「……ずるくね?露伴」
 少しだけばつが悪そうに、けれど微笑を口元に乗せて、仗助は上半身をむくりと起こした。それに合わせて、露伴は傾けていた身体を起こす。

「やっぱり寝たふりだったじゃあないか」
 得意げに言いながら、露伴は仗助の頬を緩くペチペチと叩く。まだその顔は夢見心地だったが、その両目は露伴をしっかりと捉えていた。
「髪整えろ。行くぞ」
 寝返りの時にでも乱れたのだろう、少しだけ仗助の自慢の髪型は崩れていた。外に食事に行くのに、そのままで困るのは彼だろう。

 けれど、立ち上がろうとした露伴の手を仗助は掴んだ。訝しげな視線で座りなおす露伴の腰に両腕を回して、仗助はもう一度ソファーに身体を預けた。

「……もうちょっとだけ」
 仗助には、今の微睡みと囁きの心地よさがたまらなかった。露伴の方も、触れた所から伝わってくる仗助の温もりには弱かった。
「フン、おまえの『ちょっとだけ』は……信用できないな」
 
 もしもう一度『ちょっとだけ』と言われたら即行でひっぺがしてやろう。そう思いながら、露伴は緩く瞼を閉じ、仗助の腕に自らを委ねた。



 2013/02/06


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