口実崩れ   承露



 タクシーを降りたところで、丁度雨が降り始めた。

「露伴」
 傘は持ってないのにな、なんて考えていると急に名前を呼ばれた。
「来たか」
 ホテルを入ってすぐのところに空条承太郎が立っていた。

 どちらにしろ今から部屋を訪ねるつもりだったけれど、ロビーで出迎えられるとは思っていなかったので少し驚いた。
「すみません、待たせましたか」
「いや……すまないが、ジジイがおれの部屋にまでルームクリーニングを頼んでいてな」
「ああ、なるほど」
 つまり今は部屋に入れないらしい。別に従業員に断りを入れればいいだろうに、元不良のくせに変なところで奥ゆかしい。 
「いっそ外の方が良いかと思ったんだが……雨だな」
「今降り始めたんですよ。でもまあ、小雨だしその内止みますよ」
 止むかどうかは、ぼくの希望ってだけだけれど。
「ラウンジでも良いか?」
 承太郎が踵を返したのでそれに続く。
「ぼくはどこでも構いません」

 本当はどこでだって嫌なんだ。けれど拒否したって仕方ない。


 杜王グランドホテルは名に見合う豪華な造りで、ラウンジのシャンデリアですらギラギラと煌びやかで目に痛い。
「これがSPW財団からの資料だ」
 手渡された封筒はずしりと重く、目を通す前から憂鬱になった。しかし心とは裏腹に自然な動作で中身を取り出す自分は、いつの間にやら物分かりのいい大人にちゃんと成長していたらしい。
「川尻家に関しても記載されている。君が今後どう関わるかは兎も角、一応目を通しておいてくれ」

 今のところ、吉良のことは世間から隠匿されている。奴が起こした事件も、その事件で死んだ人たちのことも。
 追究がないのは奴の事故死という死因に因るところも大きいと言えば大きいが、スタンドによって起こされた事件だとして様々な方面に手を回してくれたのは、ジョースター家と関わり深いSPW財団だ。
 承太郎たちは直にアメリカに帰る。SPW財団も常に杜王町に人員を割くことはできない。しかしまだ敵に成り得るスタンド使いが潜んでいるとも限らない。
 そこで、何かあった際に即座にSPW財団やジョースター家と連絡を取り、また継続して情報を報告して欲しいと。今日、ぼくが彼に呼ばれた理由はそれだ。

 本当はジョースターの血縁である仗助、あるいは承太郎も信頼を置く康一のような人物を選出したかっただろう。だが生憎彼らは未成年の学生だ。
 今回の件を知っている頭の回る大人、と言ったら、確かに自分でもぼくくらいしか居ないんだろうという結論に至る。小林玉美は使えそうにないし、トニオ・トラサルディーは善人だが危機管理にはやや不安がある。
 元より、吉良との事件は特にぼくとは縁深いのだ。

「迷惑をかけるが……頼まれてくれるか」
 断られるとは微塵も思っていないような問いかけだと思う。本当ならすっぱり断るのがぼくは大好きなはずなのにな。
「わかりました、協力させて頂きます」
 なるべく彼の顔を見ないように書類を捲る。内容はあまり頭に入ってこないけれど、時々町に居るスタンド使いたちや関係者の様子を報告すれば良いってことだ。家に帰ってゆっくり眺めればいい。
「この電話番号に報告すれば良いんでしょう」
 書類の一番上にはSPW財団の各支部が記載されている。おそらく目黒支部にかけるか、あるいはかかってくるのを待てばいいんだろう。
「ああ……、いや」

 承太郎が手帳を取り出してペンを走らせた。嫌な予感がして思わず目をそらしたけれど、彼は千切ったそのページをわざわざぼくの手に握らせた。
「おれの方にかけてくれれば話が通じやすい。……この番号にかけてくれ」

 仗助の言うプッツンきたっていうのは多分こういうことなんだろう、と。あんまりに頭に血が上がって言葉が出なかった。
「……おれが国内に居る時は、直接会うって手もある。杜王町には中々来れないが、東京には時々用事で来る」
 ぼくが黙ったのをどう解釈したのか、彼は余計なことを畳み掛けてくる。
 なんて人なんだ、この人は。

「……もう会わない方が良いって言ったのは、あなただ」
 絞り出した声が酷く震えていて、自分のことがやけに情けなく感じた。
 おかげで少しだけ冷静になる。
「あんたはもうぼくとの関係なんて最初からなかったみたいに思ってるかもしれないけれど、ぼくはそんなに物分かりがよくないんです」
 別れを切り出した相手に、よもや密会を重ねたホテルに呼び出されるだなんて、本当に思ってもみなかったのに。部屋じゃなくラウンジだったのは、せめてもの救いだったのかもしれない。

 承太郎は驚いたように目を少し見開いた。ぼくにはその瞳の色が、シャンデリアの光と相まって眩しすぎる。目をそらして、それに耐えた。

「……ぼく、帰りますね」
 書類の束を封筒に戻している間も、彼はぼくを見ていた。

「……本当なら、この依頼は仗助たちでも十分だった」

 口実にしたんだ、と。
 その言葉に思わず彼の方を向いてしまった。そのまま視線に射ぬかれて動けないぼくに、とどめを刺すように彼が手を握ってくる。

「あんたとこのまま別れたくなかった」
 手から紙の束が、バサリと落ちた。


 拒否しようと言葉を探しているはずなのに、雨はまだ止んでいない、なんて、脳みそが勝手に動いている。
 もうぼくは、救いようのないところまできているのかもしれない。



 2013/02/04 


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