寄る辺   仗露



「あんまり絵柄は変わってないんっスね」

 露伴の背中に声をかけると、ようやく椅子をくるりと回転させておれの方を向いた。
 手にした単行本を開くと、最初の一ページ目から奇抜な絵が現れる。確か今のおれと同じ歳の時に連載を始めたと聞いた。

「仗助、読む気がないならぼくの漫画に触るんじゃあないよ」

 露伴はおれの目がページの上を滑ってるのに既に気付いているらしい。
「おまえが漫画を読まないのは別に咎めやしないが、馬鹿にされるのは癪に障る」

 露伴の仕事部屋の本棚には、デビュー当時から今までに刊行された数十冊以上の単行本が無造作に並べられていた。普段は几帳面なクセに、巻の順番が違ったり上下が逆さまだったりと、本当に思い入れがあるのか少し疑問に感じる乱雑さで。
「良いじゃねえっスか」
 以前、漫画を読むにも教養が必要だと露伴に言われたことがある。漫画における文脈の取り方を、普通は子供の頃から漫画に触れることで学ぶらしい。
 確かにこうして見てみると、内容自体は分かるが絵と文とを同時に受け取るのは慣れない作業に感じる。集中して読み始めれば違うのだろうが、冊数を思うとその気も起きなかった。
「四年も連載してるって、よくネタが尽きないっスねェ〜」
「フン、四年間を無駄に過ごせば尽きたかもな。ぼくは高校生の頃に他人の家で時間を潰すような真似はしたことがなかった」
 机に頬杖をついて睨まれる。暗に帰れと言われているのだ。
「それも高校生の青春だと思いますけどね」
 きっと露伴には、学校の帰りに友人の家に寄ってゲームをしたり漫画を読むような経験はないだろう。まず第一に友達が居なかったに違いない。

「そんなの個人レベルの問題だろう。ぼくにとっての青春は漫画と共にあった。それで十分だ」
 ここまできっぱりと言い捨てられると、部外者のおれに言えることなんて何もない。高校生のダラダラとした日常の体験も、露伴の漫画には必要がないってだけの話なのだろう。
「漫画家の鑑っスねェ」
 お世辞と思ったのだろう、露伴が眉間に皺を寄せた。
 漫画のことはよく知らないが、露伴がどれだけ仕事に誠実に向き合っているかはわかっているつもりだ。おれがブチ切れてボコボコにしたことすらも漫画に必要なリアリティと喜んでいたと、康一から聞いた。その時は本気でイカレ野郎だとゾッとした記憶がある。

「おれが殴った時のもネタにしてるんでしょ?それってどの巻の辺り?」
 一巻を棚に戻して、最新巻の方に指を添える。見てわかるはずもないが、自分が露伴にもたらした体験だ。その結果を、怖いもの見たさで少し知りたかった。
「……まだ描いてないよ」
 けれど露伴は頬杖をついたまま、目を少し細めておれを見つめた。思わず、ほんの少しだけ背筋が伸びた。
「え?そうなの」
「派手な戦闘シーンはまだ描く予定がないんだよ」
 椅子をキィ、と鳴らして、露伴は机の方を向いてしまった。ペンを指先で揺らしているが、何かを描いている様子ではなかった。

「あの体験を一番生かせるのは、もっと……話が盛り上がってからだ。見開きで、しかも何ページも、だな。それが良い」

 露伴は、背中を見せていても分かるほどうっとりとした口調だった。漫画のことを考えその世界に浸る彼は、悔しいけれど一番生き生きとして見えた。
「……あんたって、ホントにイカレてるよなぁ」
 自分としては賞賛する気持ちでそう言ってしまったのだが、言ってから完全に侮蔑の言葉に取られてもしょうがないと気付いて焦る。しかし露伴は首を傾けてニヤリと笑って見せた。
「光栄だと思えよ、スカタン」
 また露伴は机の方を向いてしまう。本格的に原稿に戻るつもりらしく、帰れと言いたげに片手をひらひらさせた。

「……漫画が一番な露伴らしいっスよ」 
 自分でも少し拗ねたような口調になったと思った。ピタリと露伴が動作を止めたので、思わずこちらもドアノブにかけた手を止めてしまう。

 露伴は椅子ごと向き直り、今度はスッと立ち上がった。おれより随分と背が低いのに、近づいてくる時の威圧感が妙に怖かった。
 しばらく無言のまま至近距離で睨んでいたけれど、意を決したようにおれの胸に手を添えた。
「確かにぼくの一番大切なのものは漫画だけどね」
 試す様な視線と相まって、心臓を鷲掴みにされたような気になった。

「その漫画に、おまえの寄越したもの……全部を注ぎ込んでやるよ」 

 だから覚悟してろ、と。彼の吐き捨てるような言葉が、熱烈な告白に聞こえて。


 おれは今日も、彼の家を出るタイミングを失ってしまう。



 2013/02/01 


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