美味しい話   仗露



 前日までとは比べ物にならないほど気温が落ち込み、露伴の家を訪れた仗助の自慢の髪型の上にもほんの少し雪が積もっていた。 
「露伴、ちょっと太った?」
 マフラーを解きながら仗助が発した言葉に、露伴は思わず固まった。

 町の人々にとっては当たり前のことだが、冬の杜王町は例年、東北の割に雪が少ない。引っ越してきて一年も経っていない露伴は豪雪地帯だと勘違いしていて、漫画の参考にするあてが外れた気でいた。
 しかし当然のごとく寒さ自体は厳しい。一人で暮らす彼の広い家には、全ての部屋を温める為の暖房器具が備わってはいなかった。

「オーソンに寄って中華まん買ってきたっスよ。露伴は何食いたい?」
 露伴が口を半開きにしているのにも気づかず、仗助はソファーに陣取って自分の抱えてきたコンビニのレジ袋の中を楽しげに物色している。
 仗助には、資料室や他の部屋を行き来するために必要以上に服を着込んだ露伴が少し新鮮に見えた。いつも露出されている腰回りや腕が完全に隠れていただけではあるが、それだけでも印象は随分と違った。
 
「おい……本当にぼくは太ったか?」
「えっ」
 仗助はようやく、露伴の声が少し怒気をはらんでいることに気付いた。
「いや、そんなことねーっス。おれの勘違いっスよ」
 改めて仗助は隣りに座った露伴を眺めた。やはり彼に露出がほとんどないのは目新しい方だが、絶対と言うわけでもない。いつもの強調されたラインが、今は隠されているだけだ。
「おい、嘘吐くなッ!どこだ、腹か!」
 露伴の方は納得がいかないらしく、ニットを胸まで捲り上げて自分の腹の辺りを露出して見せた。仗助はどういうわけか思わず手で顔を覆ってしまった。
「や、全然太ってねーっスよ!むしろ細いくらいっス!」
「おまえが言ったんだろ!?」
 露伴はまだ納得していない様子だったが、仗助が指の隙間から見た限り、その腰回りや胸元に変化があるようには感じられなかった。
 けれど露伴が捲り上げたニットの下にはもこもことしたアンダーシャツが複数枚重ねてあった。一枚ずつ下げて着込みなおすのを見届けながら、太ったように感じた理由はこれだな、と、仗助の方は納得した。

「ちょっと着ぶくれて見えただけっスよォ〜……それより中華まん、どれ食います?」
 本当は隠されてしまう彼の肌が少しだけ名残惜しかったが、機嫌を直してもらう方が先決だと、仗助は袋の中身をテーブルの上に出していった。
「……食わん」
 しかし露伴は、誘惑を断ち切るかのように顔を背けた。
「え〜折角まだあったけぇのに」
 仗助の手の中に納まっている中華まんはまだ熱々と言っても良いほどだ。けれど、このままにしていればいずれ冷めてしまう。
「おまえが馬鹿食いするからッ!ぼくまでつい食べちまって太ったんだ!!」
 忌々しい、と言いたげに、露伴はクッションで仗助を叩く。本気の殴打では勿論無いので、仗助も片手で静止を促しながらもされるがままになった。

 確かに仗助としては、露伴の家を訪れる度に手土産と称して間食になる菓子やジャンクフードを持ち込んでいる自覚があった。露伴自身も身体が資本の仕事をしているため、食事は三食取るよう常に心掛けている。
 かと言って露伴は普段限界を超える程ものを食べることはないし、カロリーに見合う程度にスケッチや取材で町のあちこちに出歩き、アクティブに生活しているはずだ。

「だからさぁ、別に太ってねぇ……」
 仗助は彼が納得するような言葉を頭の中で必死に探していたが、ふと言葉尻を窄めて、まじまじと露伴の全身を眺めた。
「……何だよ、気持ち悪い」
 嫌な予感がする、とでも言いたげに露伴は少し身を引いたが、それを逃がさずに仗助の腕ががっしりと捕まえた。
「露伴がこのまま肉付き良くなったら更に良い抱き心地になるよなぁ」
 ニットの上から回された腕には、露伴の肌の感触は伝わってこない。けれど何度も直に触れた経験のある仗助には、その質感が容易に想像できた。
「っ、こら!離せよッ!」
 露伴は足をばたつかせてもがくが、彼の扱いに慣れてきた仗助の腕はびくともしなかった。
「センセ、中華まん全部半分こします?おれオーソンのピザまん好きなんで、これ最初に食いましょーよ」
 片腕ですっぽりと露伴の肩を包んで、空いた方の右手で仗助は机の上からひとつの包みを取る。ふわりと蒸気が昇って、甘い皮と中の具材による独特の食欲をそそる香りが漂った。
「話を聞け!」

 まだ露伴は少しばたついていたが、もがけばもがくほど仗助の腕の中にすっぽりと納まってしまう。そのまま仗助に覗き込まれて、つい身体を硬直させた。
「んで、食い終わったら仗助クンと運動しましょ」
 タラシ顔で微笑みながらそう言われて、露伴は一瞬何を言っているのか純粋に理解できなかった。一拍の間を置いてようやく理解し、思わず体中の力を抜いてしまう。

「……おまえ、時々死ぬほど馬鹿みたいなこと言うよな」
 露伴は本気で呆れた顔をしてみせる。今時漫画でだって、使うにはお寒い台詞だ。
「露伴が馬鹿にするせいじゃないっスか?」
 仗助はそしらぬ顔で手の内の中華まんを二つに割る。見比べて、わざわざ大きい方を露伴の手の上に置いた。

「ホントに……馬鹿らしくなってくるな」
 まだ露伴は呆れた口調だった。
 しかしその口元がわずかに笑っているのを、仗助は見逃さなかった。



 2013/01/27 


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