ロマンスの木馬   仗露 *仗助成人済



『仗助、今すぐ家に来い!』

 起き抜けに掛かってきた恋人からの電話に、身支度もそこそこのまま家を飛び出した。
「なんだ、案外早かったな」
 それなのに彼は涼しい顔で目玉焼きなんかを焼いている。
「今すぐ来いって言ったのは露伴っしょ〜」
「今日休みなんだろ。それくらい良いじゃないか」
 確かに今日は非番だと伝えておいたが、まさか日が昇りきるかどうかのこんな朝早くから呼びつけられるとは思っていなかった。
「おれ、夜も家で仕事しててさっき起きたばっかだったんっスよ?何かあったかと思っちまったじゃねぇっスか……」
 それこそ不測の事態でも起きたのかと、髪さえほとんど整えずに来たというのに。彼が突拍子もないのは何年付き合っていても、未だ慣れない。

「何かあったから呼んだに決まってるだろ」
「えっ」
 洗面台を借りよう、と、キッチンを出る寸前だったので驚いて振り返る。
「さっきまでぼくはスタンド攻撃を受けていたんだ」
「な……どういうことっスか!?」
 なんともない風に露伴が言うせいで一瞬からかわれているのかと不安になったが、そういう時に見せる意地の悪い笑顔が今日はなかった。
「遠隔操作型のスタンドだった。……すぐヘブンズ・ドアーで無力化できたけどな」
「じゃあ、怪我はないんっスね?」
「あるように見えるか?」
 言いながら皿に目玉焼きを移す露伴に、怪我の様子は勿論どこにもなかった。緊張が一気に解け、良い匂いにもつられたのか腹が鳴った。

「そのスタンドが結構面白いやつでな?読んだ限り本体のスタンド使いはすでに死亡してたんだ」
 トーストがちょうど焼けたらしい。露伴は良いネタに巡り合えた時のキラキラした目で、話を続ける。髪を整えるのはしばらく諦めよう。
「本体が居ないのに、動いてるんっスか?」
「そうだ。スタンド名はリモートロマンスとか言ったかな……どうもネットワーク上に能力だけ残っているらしい」 

 特定のサーバーにアクセスした人間を本体にして、遠隔地に分身を作りだす能力。本の一説を諳んじるように露伴がそう口に出す。事実、本にしたスタンドにそう書かれていたのだろう。
「深夜、仕事場で原稿をしていたら背後から視線を感じてな……振り返ると、そのスタンドが立ってたんだ」
 露伴は片手間に、テーブルの上に置いてあるスケッチブックを指差した。広げてみると、最初のページにスタンドらしい絵が描かれていた。身体全体がマントのような布につつまれ、顔の部分はパネルでもはめ込まれたように四角く、目や口は描かれていない。
「何かされたりしなかったっスか?」
「何も。ほとんど見る以外の能力がないようだったな。……本体が誰なのかも、どんな目的かもわからずじまいだ」
 露伴がしばらく本にしたまま読んでいる内に、朝方急に消えてしまったらしい。そのままおれに電話をかけて、一息入れる意味も込めて朝食の準備に取り掛かったのだろう。

「じゃあ何でおれ、呼ばれたの?」
 唇を尖らせて抗議すると、露伴は新聞紙の包みを流し台の横で広げて見せた。
「その時、ティーカップを割ってしまってな」
 確かにそこには、白地に青い花が舞っているはずのティーカップが砕けて入っていた。確か割と高いメーカーの製品だ。
「予備はあるが一つ割れているのは気に食わん。クレイジー・ダイヤモンドで直せ」
 ぼくはこれで紅茶を飲まないと気が済まないんだ、と。おれは露伴のわがままに少し呆れた。呆れたけれど、こういうところが好きなんだから仕方ない。惚れた弱みってやつだ。
「お礼は朝メシで良いっスよ」
「フン……がめついやつだな」
 能力を発動しながらテーブルを見る。すでに二人分の皿やトーストが並んでいるのはさっきからわかっていた。
「次は割らねーでくださいよ〜」
 新聞紙の中からティーカップを取り出す。手渡ししたところで、昨夜のことを急に思い出した。

「……露伴、これ、もしかして肘に当たって床に落とした?」
「……?なんでわかるんだ?」
 訝しげな露伴の視線に、少し汗が出た。

「おれ、昨日は仕事しながらうとうとしてて……今朝は、パソコンに突っ伏して寝てたんっスよね」
 あと少しで書類も終わる、という所で、ウイルス対策ソフトが仕事をはじめて一気にやる気が失われたのを思い出す。
「……夢の中でおれ、仕事してる露伴の背中を見てたんっス」
 仕事熱心だな、と見つめていると、急に露伴が振り返る。驚いた顔で立ち上がり、その拍子に右肘がカップをかすめ、床に落ちていく。
起き抜けに呼び出されて一瞬忘れていたけれど、思えば妙にリアルな夢だった。
「もしかして、夢じゃなかった、とか、そーいう?」
「……つまり、おまえが本体だったのか」
「……かもしんねぇっス」

 火にかけていたヤカンが五月蠅く鳴りだす。黙って俯いた露伴の顔を覗き込むと、頬が赤く染まっていた。
「……道理で、妙に熱い視線だと思ったんだよ!」



 2013/01/23 


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