他人なればこそ   承露



 露伴の肌は女ほど潤いもなければ普通の男のようにカサついてもいない。だから触れると彼が彼であるということをはっきりと認識できて、好きだ。


 妻はおれに愛が無いと言う。
 自分が口数少ないのは付き合い始めた当初から彼女も知っていたはずで、騙されたと言われる筋合いは正直なところない。
 それでも家に帰る度に彼女はヒステリックにおれを責める。どうしてなのか、何もかもを問い質す。
 仕事は生活のためであって、ひいては家族のためだと、何度言っても彼女は納得しない。納得したくないのだろう。
 抱けばいいのかと問えば触るなとわめく。
 何もして欲しくないくせに何もかもしろと、わめき散らす。
 
 では、妻にはおれへの愛が有ると言うんだろうか。
 結婚以前は騒がない魅力的な女性だと、少なくともおれは感じていた。騙されたのはこちらの方だとしか思えない。
 どうしてわかってくれないの、と彼女は言う。おれからの愛情が伝わらないと言いながら、自分からの愛情は伝わるものだと本当に思っているのだろうか。
 そしてこんなことを言っても彼女は余計騒ぐだけだと知っている。だからおれはいつも口を噤む。

 別に妻を憎んでいるわけではない。ただ、疲れている。


「ぼくで気を紛らわせればいいんですよ」
 逃げるように訪れた杜王町で、彼はおれの目を見据えてそう言った。
「帰って奥さんにうんと優しくできるように、ぼくがあなたに優しくしてあげますよ」

 はじめて男を抱いたわけではないけれど、結婚して以来妻以外と関係を持つことはそれまでなかった。
「承太郎さん、罪悪感で一杯って顔だね」
 露伴を抱きながら何度も妻の顔を思い出した。自分に幻滅した。それでも行為を止めようとは全く思えなかった。思えなかった自分が、少し信じられなかった。
「ぼくにまで悪いな、なんて思わなくたっていいんだ。ぼくはあんたとしたかっただけなんだから」
 露伴はおれを本にして読めるけれど、おれは彼の本心を知る術がない。それでも愛してると言われれば、妻に言われるよりもそれを実感できてしまった。


 露伴の肌は彼独特の触り心地で、アメリカに帰って妻を抱いたとしてもきっとこの感触は得ることができない。それが惜しくて、おれは帰る気がどんどん失われている。
 どうすれば妻と円満に別れられるか最近よく考えてしまう。会ってしまえば彼を抱かずに済む日はないのに、抱かなくても良好な関係を築けるような気になっている。
「次に奥さんを抱く時……そうやってちゃんと、目を見て愛してるって言ってあげなよ」
 それなのに彼は、おれがアメリカに帰ることをいつも見越している。
 どうすれば帰るなと言ってくれるだろうか、そんなことまでおれは考えるようになってしまった。

「ぼくがあんたの妻だったら、きっと奥さん以上にヒステリックになってたよ」
 それでも彼はおれを愛してると言ってくれる。妻と同じようにそう言ってくれる。俺も愛していると言ってしまう。彼にも妻にも、言ってしまう。
「優しくできるのはあんたが他人のものだからだ」
 露伴はそれでもおれを愛している。


「どうすればおまえと一緒になれたんだろうか」

 露伴はおれの言葉をタチの悪い冗談だと思ったらしく、笑いながら少し考えるそぶりをした。
「あんたにせめて娘さえいなければなぁ」

 あんなに愛しい娘だけが、今は愛しさゆえに憎かった。




2013/01/21 


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