満ちたる   仗露



 栄養がどうとかよく聞くが、露伴はミカンの白い筋を取らずにはいられないタチだった。
「こーして見ると、露伴先生も日本人なんっスよねェ……」
 はあ?と仗助の方を睨むと、既に本日何個目かわからないミカンに手を付けていた。
「だって先生んち、スッゲー欧風だし生活スタイルも日本離れしてるじゃないっスか。だからこーしてコタツでミカン食ってるの、すげぇ日本人っぽいなーって思って」

 コタツはあるが東京から越してきて一度も使っていないと、ひょんなことから露伴は仗助にこぼしてしまった。
 杜王町という場所は日本の町にしては少し異質で、洋風の建物が立ち並び、住人達の生活もどこかそれに合わせたスタイルが取られている。
 町全体がそうなのは70年代からの開発によりニュータウン化したせいであるのだが、その町の中でも露伴の趣味を存分に織り込んで建てられた彼の邸宅は、特に豪華で有名だ。本人は認めたがらないが、知る人ぞ知る杜王町の名所扱いされている。
 それでも露伴の家には、一応和室にあたる部屋が作られている。もっとも普段過ごすには仕事場やリビングが慣れているせいで、今までまともにその和室を使う機会はなかった。
「確かにあちらの文化は心惹かれるが、ぼくは生粋の日本人だぜ。それを言うならおまえは本物のハーフじゃないかッ」
 もりもりとミカン食いやがって、とコタツの中で仗助の脚を蹴る。コタツのサイズ自体は一般的なはずだが、それこそハーフの仗助には少し狭く感じられるらしい。やめろって、と言いながらも、脚を逃がす場所はないようだ。

 年の瀬が近づき、コタツでぬくもりたいと言い出したのは仗助だ。彼の家もフローリング敷きの新興住宅で、コタツは使って居ないらしい。何故ぼくの家でと最初は渋ったが、全部用意するから!とコタツ布団のクリーニングまで走った仗助に、最終的には押し切られた形となった。
「そりゃあハーフっスけど、生まれてこの方ずっと日本育ちっスよ。マジ一般的な高校生なんっスから」
 一般的な高校生がフェラガモの靴なんか買ったりするものかよ、と口に出しかけたが、そういえば自分もはじめての原稿料でグッチの時計を買ったのは彼と同い年の頃だ、と思い出して口を噤んだ。
「フン、その高校のお仲間たちはまだ来ないのか?おまえ、この調子だとミカンを食いつくしちまうぞ」
 廊下に置いているはずのミカンが入った段ボール、コタツに入る前にはもう数えるほどしか残っていなかった。仗助がその後自分の分を取りに行ったから、このままでは彼らが到着するよりも先になくなってしまうかもしれない。
「え?康一たちっスか?来るんっスか?」
 キョトン、とした仗助の返答に、露伴の方もえっ、と驚いた。
「なんだ、呼んでないのか?」
 テレビまで移動させたからてっきり、たまり場にするつもりかと露伴は思っていた。康一は良いが億泰は騒がしいから、もしコタツを汚すようなら容赦なく締め出そうと考えていたのだが。
「呼んでねぇっスよ?つか、コタツのことなんも言ってねぇっス」

 コタツの上にあるミカンが最後の一個になった。先に手をつけた仗助が何かを一瞬迷って、皮のまま半分に割り、片方を露伴に手渡す。露伴も受け取り、それを丁寧に剥いた。
「意外だな。なんのためにぼくんちでコタツなんか用意したんだ」
 仗助は露伴のように繊細に白い筋を取ることはせず、一口でミカンを口の中に押し込んだ。少しの沈黙の間、テレビでは年末の特番が緩い内容を垂れ流しにしている。
「……そりゃ、露伴と二人でぬくぬくしたかったからっスよ。伝わってなかったっスか?」
 顎をコタツの上にのせてそう笑う仗助に、露伴は思わずドキリとした。こういう時、仗助はどこまでもずるい。年下であることや持ち前のタラシ顔を駆使して、子犬の様に甘えた表情をする。
「ッ……フン!そんな理由かよ」
 露伴の意地張りな態度も、付き合いはじめて随分経った今の仗助にはもはや愛しくしか見ることができない。
「んもー、露伴先生ってば照れちゃって!可愛いっスねェ〜」
「だっ、誰が可愛いだ!……くそっ、ミカン持ってこいよ!ついでに皮を入れるゴミ袋もだ!」
 照れ隠しなのは仗助もわかっているので、んじゃあそれ食い終わったらね、と露伴の手元を指差した。不満げに食べ始める露伴を見つめると、やはり照れ隠しなのか、見るな!と声を荒げられた。
「……ホラ」
 最後の二房を剥がして、露伴が片方を差し出してくる。何、と訊きかけたが、すぐ理解した仗助は嬉しそうに口を開けた。
 ミカン自体の匂いのはずなのに、仗助にはそれが露伴の指先から香ったように感じた。

「美味しいっス」
「さっきから食ってるだろ、スカタン」
 狭いコタツの中でなんとか脚を動かし、露伴の脚にピタリとつける。露伴は少し睨んできたが、逃げないのだから嫌ではないんだろうと解釈した。
「ミカン、食い終わっちゃったスね」
「……さっさと持って来いよ」
 視線をあくまで交さないのが露伴らしい。
「……あ、おれがさっき持ってきたので全部っスよ」 
「……な!」
 おまえが馬鹿食いするから!とガシガシ蹴られ、仗助はまた逃げ場がなくて蹴られっぱなしになる。けれどようやく露伴と目が合った方が嬉しかった。
「……買いに行くか」
「えっ」
「おまえが食い尽くしたんだろ!」
 まだ夕方だからスーパーも開いている。別に露伴はミカンを食べ足りないとは思わなかった。だが、目の前であそこまで美味そうに食べられると、常備してもいいかな、という気にさせられた。
「でもコタツから出たら寒いっスよ〜」
 でかい図体の割に情けないことを言うが、子犬の様な視線が突っぱねることを難しくさせた。しかし一度言い出したのだ、露伴はもうすっかり買い出しに行く気になっていた。
「……確かに今日は冷えるから、今晩は鍋でもするかな」
 えっ、と、耳としっぽが生えていたら面白いくらい動いていたのではないか、という反応を仗助は見せた。
「そのためには荷物持ちがいるな。……手伝ったら食わせてやってもいいぜ」
「一緒に行くっス!」
 勢いよくコタツから立ち上がった仗助に、現金なやつだなと露伴は思わず笑った。自分もコタツから出て、この部屋でも使えるガスコンロはどこにしまったかなと記憶を探る。

「ああ、仗助、コタツのスイッチは切っとけよ」
 赤いマフラーをいそいそと巻く仗助が、表情を面白いほど一変させる。
「ええ!?帰って来る頃には冷えちまうじゃねぇっスか!」
 人の家だと思いやがって、と言いかけたが、寒さを想像して震える仗助にまた子犬の顔が重なって見えて、つい露伴も甘やかしたくなった。
「……馬鹿だな、寒い外から帰ってきて、段々にコタツがあったまるとそれに合わせて手足もジンジン溶けるみたいに温もっていく……それが日本人の情緒ってもんだぜ」
「……そういうもんっスかねェ」
「そういうもんだ」

 しぶしぶ、という風にスイッチを切る背中を見届ける。露伴は良い子のご褒美に仗助の好きな具を入れてやろうと、密かに思案した。



 2012/12/×× 


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