Another Book   琢・露 *『The Book』で if 対決



 突然の眩暈に、露伴は思わず座り込む。
「よし……なんとか見せることはできたみたいだな」
 コキリ、と首を撫でて、その様を琢馬は離れた場所で見届けた。

「ッ、蓮見、琢馬……キサマ、今、スタンドを使ったな……?」
 這いつくばりながらもなお睨みを利かす露伴に、琢馬は表情を変えずほう、と感嘆の声を出した。
「スタンド、か。そうだよ、俺の能力であんたを攻撃したんだ」



 場所は真夜中の町立図書館、学生たちは蔦の絡まった外観から『茨の館』と呼んでいた。
 蓮見琢馬が織笠花恵を殺した人物とみて間違いないと広瀬康一から連絡を受け、露伴もすぐに仕事を中断してこの場所に急いだ。

 露伴が仗助たちよりも先に図書館に着いた時、琢馬は静かにただ文字が印刷されたらしい紙の束を読んでいた。
「読書の邪魔をするっていうのは重罪だと思わないか」
 キサマが蓮見琢馬だな、と。問い詰める言葉に、ゆっくりと立ち上がりながらそう返され、露伴は少し面食らった。
「質問に質問で返すのも相当な重罪だと思うぜ。学校でそう教わってないのか?」

 お互いに距離を取りながら相手の動向を探る。露伴のスタンドは先手を打てばほぼ無敵だが、肉弾戦には向かない。
「ぼくは別に恨みなんかないが……蓮見琢馬、おまえはこの町に居ちゃあいけない存在みたいだな」
 露伴は来る途中に見た火事を思い出す。康一が電話口で、燃えている家も今回の事件に関係があると言っていたのだ。
 どう関係あるのかは目の前の男を無力化させてからゆっくり読んでやれば良い。今は射程距離を慎重に詰めるべきだ、と、露伴は判断した。

「一つ提案なんだが……恨みがないって言うなら、このまま黙って俺を見逃すっていう手はないか?」
 突然の琢馬の言葉に、やはり露伴は面食らう。しかしすぐに好奇心をくすぐられ、ニヤリと笑った。
「面白いじゃあないか。それでお互いに何の利益があるって言うんだい?」
 じり、と靴の先から、ほんの少し近づいた。二人とも、まだ射程の範囲外だと察していた。 
「俺はこの町から逃げられれば満足なんだが……少なくとも、あんたはここで本に埋もれて死ぬことだけは避けられるんじゃあないか」
 途端に露伴は嫌そうな顔をして見せた。
「なんだ、そんなことかよ。お断りだね」
「だろうと思った」

 内側を確かめるように、琢馬が学生服の表面を撫でた。露伴は目ざとくそれに気付く。
「ナイフでも仕込んでいるのか?頭は結構良いようだが……この距離でぼくに当てるのは難しいと思うぜ?」
 確かに琢馬の学生服の内側には、三本のナイフが仕込まれていた。
「すごい観察力だな……だが一般人の推論だろう。言い切るのは良くないな」
「一般人だと?ぼくは漫画家でね。人間観察はライフワークの一つなんだ」
 また一歩、露伴がにじり寄る。琢馬は頭の中の情報を解凍して、目の前の男が確かに杜王町で名の通った天才漫画家だという検索結果にたどり着いた。

「ああ、岸辺露伴……そうだったな。あんたも、俺と同じく、能力を持っているわけだ」
 街中では漫画家の名前を見たり聞いたりする機会は多かった。勿論、その奇行も。学校で漫画の内容を話題に出したことさえ、琢馬にはあった。
「あんたの漫画は何度か読んだことがあるよ。リアルな描写で記憶もしやすかった」
 登場人物が踏んだ蜘蛛の内臓の描写なんて、まるでそのものを見てきたかのように琢馬の頭の中に残っている。まだ出してはいない『本』にも、しっかりとそれは記述されているはずだ。
「ふん?それはどうも。実体験によるリアリティがぼくにとっては第一でね」
 ギリギリ、この距離なら『本』の内容を見せることは可能だ。しかし露伴がまだ能力を見せない以上、琢馬も警戒を解くわけにはいかなかった。 

「なるほど。だが俺のも、実体験だ」
 琢馬は手早くナイフを取り出して投げつける。何度もシュミレーションした動作、まっすぐに露伴の眉間めがけて吸い込まれていった。
 だが露伴はそれを完全に読んでいたらしく、少し身を傾けることで回避した。そのまま本棚の影に身体を隠し、距離を取った。
「まさか練習したのか?根暗っぽいな……だが、そんな遅いスピードで当たるものかよ」
 例えば仗助のスタンド攻撃、あるいは露伴の作業スピードに匹敵するほど、見えさえしないような速度でなければ。露伴にはただのナイフのスピードがもはや時が止まっているかのように甘っちょろく感じられた。

「確かにそうみたいだな。だがまた距離ができてしまった。お互い、このまま見つめ合ってるわけにもいかないんじゃあないか」
 言いながら、琢馬は歩を進めた。こうなった以上、すぐにでも『本』を見せて攻撃を仕掛ける他ないのだ。
「なんだ、ヤケになるなよ」
 露伴の方は愉快そうに笑い、本棚の隙間を縫って琢馬から遠ざかる。鬼ごっこでも楽しむように、背を見せはしなかった。
「ぼくもここはお気に入りでさ、資料を探しによく来るんだ……本にナイフを刺されちゃ困る」
 外に誘導しようとしているのだろうとすぐに悟る。外に出れば逃げやすくもなるが、人目に付く可能性も高い。琢馬にとっては一長一短だ。

「良く利用するのか。この町を出る前に訊きたいんだが、本当にここには『うめき声をあげる本』が存在するのか?」
 露伴の気を引き、少しでも足を緩ませることができないか。琢馬は何かないかと『本』で検索して、双葉千帆と探したあの本のことを思い出した。
「ああアレか、そんなに面白い読み物でもなかったぜ」
 あっけらかんとした返答に、むしろ琢馬の方が追う足を緩めてしまった。
「俺が探した時には見つけられなかったんだが」
「司書に『エニグマ』を読みたいって言えばすぐ出してくれるぜ」
 寄贈されたという『うめき声をあげる本』は、その性質上、他の本とは違う保管のされ方をしていた。
「ああ、なるほど」
 琢馬は謎が一つ解けたことを無表情のまま喜ぶ。喜びながら、また一本のナイフを取り出し、投げつける。

 ナイフは露伴に命中はしなかったが、避けた拍子に背中が本棚にぶつかる。何冊かの本が落ちた。
「だから、当てたいならもっと早く投げろよ」
「悪いね、そんなに腕力はない方なんだ……おい、あんた、本を踏むなよ」

 琢馬が足元を指差すので、顔は動かさなかったが露伴は視線だけを下に向けてしまった。
 

 直後、妙な疲労感と急な眩暈が露伴を襲った。
 露伴は気付かなかったようだが、足元に散らばった本に琢馬は自分の『本』を混ぜていたのだ。開いているページはインフルエンザにかかり、死ぬほど苦しんだ記憶が刻まれていた。
「よし……なんとか見せることはできたみたいだな」
 琢馬は露伴に近づく。こうなってしまえば相手の能力がなんであってもそう簡単に反撃はできないはずだと判断したのだ。
「ッ、蓮見、琢馬……キサマ、今、スタンドを使ったな……?」
 そのまま気絶してもおかしくない状況であるにも関わらず、露伴は能力を使われたと気付いたようだ。琢馬は思わずほう、と感心した。
「スタンド、か。そうだよ、俺の能力であんたを攻撃したんだ」

 いずれ東方仗助や他の人間がここにたどり着くだろう。琢馬は本来ならば早急に立ち去らねばならない。
「……東方仗助が到着してあんたを治す前に、片を付けないとな」
 この男なら、命さえ残ればどこに逃げてでも追ってくるだろうと琢馬は直感的に理解していた。徹底的にやらねばならないのだ。
 
ページをバラバラと捲り上げて様々な記述を眺める。即死に至らせる能力がないのはどうしようもない。
「あんた、漫画家なら腕が傷つくのは困るかな」
 腕に爪を立てた記述を見せつけると、露伴は困惑した顔で自らの商売道具を傷つけた。
「ッ……ぐ、ぁ……!」
「この『本』を見せれば……あんたはそれを追体験することになる。それが俺の能力だ」
 ハサミを突き立てた記述も露伴に読み取らせる。ハサミは手元にないので、自前らしいペンが代用品としてその手に握られた。
「絶望の極みまで叩きと落とさせてもらう……そうでなくても、死んでもらうのは確定なんだが」
 琢馬は、撥ねられる記述まで手を伸ばそうとした。 

「……この岸辺露伴をなめているのか?」  
 思わず琢馬は捲っていた本から顔を上げる。露伴は確かにペンを自らの手首に刺していた。しかし、それは琢馬の記憶にあるよりもずっと深く突き刺さっていた。
 鮮血がほとばしる。それは露伴にも琢馬にも、そして『本』にも降りかかった。
「……ッ」
 血が降りかかってしまった『本』の内容は琢馬にすら読み取れなかった。一度消さねば、と、その一瞬の隙を、露伴は見逃さなかった。
「ヘブンズ、ドアーッ!!」

 床に倒れ込みながら、琢馬は自らの身体が紙のように捲れ上がるのを見た。それは奇しくも、自分の持つ『本』によく似た光景だった。
「……だから、言っただろう……もっと早くなくっちゃ」
 どうやって立っていられるのか、露伴はフラつきながらも琢馬のことを見下ろした。その両腕から血は流れ続けている。

「おまえはこの町を捨てて逃げるつもりだったんだよな?……あの吉良でさえ、しなかったんだ。この町を捨てるなんてことはな」
 スタンドの効果か、琢馬は遠ざかる意識の中で呟くような露伴の声を聞いていた。
「この町はきっとおまえを呼ぶ。この町はな、一度去った者をまた呼ぶんだよ……そしてお前はその時、きっとこの町をまた蹂躙する」
 一階の玄関だろうか、バタバタと走る様な音が聞こえてきた。仗助たちがようやくたどり着いたのだろう。
「逃がす、ものかよ」

 運命からは決して逃れられない。
 そう宣告されたような絶望を感じながら、琢馬は自らその目を閉じた。



 2013/01/19 


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