鞭声   仗露



 大掃除に駆り出されてみたものの、露伴の家は日頃から綺麗に整理整頓されていた。
 呼ばれた理由を問うと奥の部屋に通された。そこには業者の段ボールそのままに、引っ越し荷物が積まれっぱなしになっていた。

「おれんちだってまだ済んでねーのに」
「手伝うって約束したのは君だろう」
 ガムテープを剥がしながら振り返って唇を尖らせて見せても、露伴は一瞥もくれずにピシャリと切って捨てた。
 露伴は最初から大掃除の名目で荷物の整理を手伝わせるつもりだったらしい。
 春から一年近く放置された段ボールの山は既に埃は払われているが、物置になっていた部屋自体の、普段立ち入っていないらしい埃っぽい雰囲気はそのままだった。確かに日頃からも露伴がこの部屋に入る姿は見た事がなかった。
 荷物の中身は手元に残しておきたい、けれど普段使いはしない物が大半らしい。段ボールの側面に分類分けして書いてあるから、それらを取り出して本なら仕事部屋や資料部屋に運び、食器ならキッチンに運べと指示された。最初は面倒な気もしたけれど、案外几帳面に掃除するよりも楽な気がした。

「ま、馬車馬みたいに働いてくれよな」
 雑貨はどこに仕舞うかわからないだろうから自分がやる、と露伴も段ボールの中をごそごそやっていたが、やがて何かを見つけたらしい。こっちの背中を突いてきた。
「何それ」
 きっと本なんかも途中で読み始めて作業が滞るタイプだろうなぁと思いながら振り返ると、手には棒状の何かが握られていた。先端はヘラみたいな形になっている。
「乗馬鞭だよ」
 露伴が言いながら手元でしならせたのを見て、なるほど本当に鞭らしいと気付く。そういえば競馬の中継なんかで見た事があった気もした。
「先生乗馬とかすんの」
 何の気なしに訊ねたら、一瞬露伴は口を開いた。けれどすぐ説明が面倒臭くなった顔になって、「昔な」とだけ言ってその話題を済ませた。

「どちらかと言うと絵の参考だな」
 漫画でキャラに持たせた事があると言って、再度露伴は手元で鞭をしならせた。鞭と言うと紐みたいなのが真っ先に頭に浮かぶ。それに比べると、強く力を込めてようやくしなる乗馬鞭とやらはただの棒にしか見えなかった。
「痛いんだぜ、これ」
 言いながら、露伴が自分の太ももを叩いて見せた。ピシッという小さい音は、勿論手加減した物だろうに、露伴が言う通りやけに痛そうな音がした。
「……興味ありそうな顔だな」
 露伴が目を細めて首を俄かに傾げた所でようやく、自分が食い入る様に見ていたのを理解した。

「イヤイヤ無理だから」
 慌ててかぶりを振って、手元の作業に戻るからと背を向けた。
「なんなら今夜使ってやろうか?」
 露伴はその反応が可笑しかったらしく、からかう様な声で再び鞭の小さい音を立てた。自分から手伝わせておいて、これだから困る。
「本物だからプレイにはちょっと向かないけどまあ、何とかなるだろ」
 お前なら怪我しても治せるし、と。付け加えられる言葉にギョッとして、結局露伴の方を振り向いてしまう。
「ヤだってば」
 振り向くと同時に、鞭の音がまた耳に響いた。

「仗助。おまえ今、想像しただろ」
 御見通しだと言わんばかりに、露伴はニヤッと笑って見せた。



 2013/12/30 


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