考え事   承露



 額に押し当てられたのが手のひらだと気付くまで暫く時間が掛かった。目も開けずに首を僅かに捻ると、すぐにその手のひらもどこかに逃げて行った。
「何してる?」
 ベッドが掛けられた体重で大きな音を立てた後、また手が顔の周りを撫でた。閉じたままの瞼の上も覆われる。露伴の手は自分よりも随分小さく、冷たかった。

「承太郎さんは一日の終わりに何を考えるんだろうなって、想像してたんです」
 ようやく手が離れていって薄ら目を開けると、覗き込んでいた露伴が言いながら微笑んだ。時計に目をやると丁度0時を過ぎる頃だった。
「……大した事は考えてない」
「ふぅん」
 起き上がろうとするのを手で制止させられて、露伴の方がベッドに潜り込んできた。布団を引っ張ってもぞもぞと動くのに遠慮して少しベッドの端によると、手と同じ様に冷たい爪先が脚に当たって一瞬鳥肌が立った。
「悩んでる内に寝ちまう」
 とぼけて言うと、顔を伏せていた露伴が笑ったのが振動でわかった。仰向けだった身体を横にして露伴の方を向くと、露伴も自分の腕を枕にしてこちらに顔を向けた。
「そういうお前はどうなんだ」
 冗談みたいに言いながら鼻先を摘まむと、やはり冷たい。シャワーを浴びると言っておきながらどうも外に出たらしい、というのは音に耳を澄ませていたから気付いている。外気に晒されて全身冷え切っているのがわかった。
「ぼくも似た様なもんですよ」
 けれど露伴は、何事もなかった様に微笑んでいた。

「はぐらかすのか?」
 言いながら、はぐらかしているのはどっちだと内心でだけ自分を罵った。外で何をしていたのか訊ねる事が出来ない、そもそも何となく悟っているクセに口に出せない。自分は卑怯者だ。自然と笑みを返しながらそうしてしまうのが余計腹立たしい。
「承太郎さんのマネしただけですよ」
 それなのに、露伴はそれを茶化してくれる。今度はこちらの鼻先を摘ままれた。そのまま腹ばいでにじり寄られて、引き寄せる様に露伴の身体に手を掛けると服の下だけは温もりが残っているらしいと気付いた。
 裾から手を入れると思った通り暖かい。むしろこちらの手が冷たくないだろうかと一瞬手を止めたが、露伴はくすぐったそうに身をよじるだけで文句は言わなかった。小さく笑うのが耳に残る。それを掻き消したくてわざと大きく身動ぎして布の擦れた音を立てた。

 じゃれ合う内に露伴の手に温もりが移って、段々にひやりとした感覚がなくなっていく。
「こうも幸せだと」
 心地良いと思って目を細めると露伴も嬉しそうな顔で、また額に触れてきた。
「……何にも考えたくなくなって、困るよなぁ」
 こちらをまっすぐに見つめておきながら、まるで独り言の様に露伴はそう呟いた。

 手から逃れたくて少し身を引くと、簡単に露伴は腕ごと引っ込めた。代わりに冷え切ったままの爪先がこちらの身体に触れた。
「一晩くらい、良いんじゃないか」
 自分も布団の中に腕を潜り込ませて、言いながらその爪先を掴む。冷たすぎて自分の手の感覚すら奪われた気がした。
「何も考えないで?」
 可笑しそうに露伴が呟く。けれどその目元は泣き腫らした後の様に、赤く染まったままだ。
「……考えないでいられるもんならな」

 自分の出来ない事を押し付けているだけだと。そんな事も全て、露伴はわかっているんじゃないだろうか。



 2013/12/28 


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