懐疑論   仗→露



 抜き打ちだけど小テスト、と。
 チャイムと共に入ってきた数学教師のセリフに、教室中から悲鳴が上がる。もれなくおれも不平の声を上げた。
 だから嫌われるんだよ!と叫んで斜め前の席で男子が天を仰いだので、心の中でクソッタレ教師だと同意する。

 けれどこの数学教師が小テストを行うのは良くある事だ。そんなの入学当時から授業を受けている全員が知っている。
 こうして冬休み前になっても未だ対策を講じようとしないおれたちみたいな駄目学生に本当は問題があって、例えば康一や由花子は事前に勉強を済ませているから不平を言う事もないんだろう。
 
 子供っていうのは大人に不平を言うだけで自分の狡さを中々認識していない、大人にとっては酷くムカつく存在なんだろうな。
 まるで他人事みたいに子供の自分がそれを想像すること自体、大人にとっては小賢しい行為かもしれない。
 それとも、それさえ受け流すのが大人の対処なのだろうか。

 ふと、周囲の大人の一人として岸辺露伴のことが脳裏に浮かんだ。あいつはおれがこんな事を考えていると知ったら、受け流すどころかきっと盛大に非難するだろう。
 そうだ、あの男は子供の考える大人像なんかとは全くの正反対で、子供に対してでも一切容赦はしない男だ。特に、おれの様な小賢しいタイプは一番嫌いみたいだし。

 そう思うと、何と言われようと気にせずテスト用紙を配るこの数学教師はまぎれもなく大人の一員なんだろう。
 用紙を後ろに回しながら、教師である母親も心無いガキにババア、なんて呼ばれたりしているのかもしれないと想像する。目に映る数式と相まって、妙に気が滅入った。

 東方仗助、と名前の欄に書いて、簡単なところから埋めようと最後まで目を通す。すぐに、一問目から解くしかないと理解して一度だけ鉛筆を回した。
 不平を言いながらも、親が教師の手前酷い点数を取るわけにはいかない。滅多なことで授業を休むことはないし、課題もきっちり出している。だから、時間さえかければ一見解く気をなくすこの小テストだって解けるだろう。
 思った通り、一問目は良く見れば教科書の問題の数字を変えただけだし、その次のも問題文がいじってあるだけ。何の事はない。
 先ほど不平を漏らした生徒たちだって、よっぽど勉強してないヤツでもない限り、おれと同じ様に問題を普通に解いているはずだ。

 けれど、つくづく自分は狡いのかもしれない。今だって、頭の中で『他のヤツもそうだから』と、自分の不平を言う子供の狡さを容認しようとしていた。
 考え出すと頭の中がこんがらがってくる。手を止めていたって、テストの問題に悩んでる風に見えるから不思議ではないはずだ。そう、また頭の中で狡い事を考えた。何にしたってキリがない。

 だから嫌われるんだよ、という、先ほどクラスメイトが叫んだ言葉が今になって胸に刺さった。こんなだから、おれは露伴に嫌われっぱなしなんだろう。
 康一のように常に誠実な人間を露伴は好いている。同時に、子供であろうと大人であろうと容赦しない露伴の頑なさも、一種の誠実さなのかもしれない。

 周りからは鉛筆のカリカリという音が響いてくる。自分の手元からも響いてくる。妙に焦燥感を煽る、嫌な音だと思う。
 他にも窓が冷たそうな風に吹かれてガタガタ音を立てるし、その外からはグラウンドを使う中等部の声が聞こえる。椅子を少し引く音も聞こえた。こんなに静かな中なのにむしろ騒がしさを感じてきた。

 鉛筆の音の群れを意識しまいと問題に集中して、結局見直しもせず、最後まで解いた答案を裏返した。その頃には周囲の人間も大方解き終わったらしく、鉛筆の音は疎らになっていて少し気が和らいだ。
 どの席かは解らないが、一つだけ、文字や数式を書く音とは違う鉛筆の音が混じっているのに気付いた。おそらく、暇を持て余して答案の裏にラクガキでもしているのだろう。露伴も学生の頃は、テスト中にラクガキをしたりしたんだろうか。

 狡いおれは、こうして悩んだ後でさえ、康一と話して、億泰と一緒に馬鹿をして、何とも思わないふりをして、笑いながら高校生を務めるんだろう。
 けれど、あの男にはそれが通じないのだ。

 いっそのこと、本にしておれを全部読んでくれればいい。そう思ってしまうのも、やっぱりおれの狡さなんだろうけれど。



 2013/12/22 


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