床屋   承露



「見てましたよ、承太郎さん」
 脇道から突然現れたかと思うと、いかにも愉快そうに露伴がニヤッと笑った。
「……今日も元気そうだな」
 それに驚かされながらも、承太郎は表情をそのままに声音だけを飽きれた様な調子に変えた。店を出た時から視線自体には承太郎も気付いていたが、その視線の主が敵でなかったと知ってむしろホッとした様だった。
「今、そこの床屋から出て来ましたよね」
 そんな承太郎の内心を察する風もなく、彼の来た方を身体を傾けて見やり、露伴は三色の捻り縞がクルクル回る看板を指差した。
「仗助に聞いた店だ」
 不和の相手の名前を出されて露伴は反射的に顔を顰めたが、すぐに気を取り直す様に一度瞬きして、笑顔に戻った。
「ああ、確かにこの町では割と評判良いですよね」
 その表情の変化が面白かったらしく、承太郎も少し笑って帽子のつばに指を添え、顔を隠す様な仕草をして見せる。露伴はそれにすぐ気付いて、不服そうに承太郎の腕をガシリと掴んだ。
「それなのに帽子を被ってるなんて……勿体ないですよ」
 丁度承太郎の突き出た肘をグリ、と手のひらで押す。本気で勿体なさそうな口ぶりだった。
「やけに絡むな。どうした?」
 その勢いに少し気圧されて、承太郎は緩くその手を振り払った。
「髪を切ったのなら見せてくださいって言ってるんですよ!」
 しかしいかにも察しろ、と言いたげな露伴の言葉を聞いて、今度こそ帽子のつばを摘まんだまま可笑しそうに笑った。

「悪いが、ほとんど変わってないぜ」
 普段ほとんど脱がない帽子をサッと、しかも町中で堂々と取ったのに露伴は一瞬酷く驚いた様に目を丸くした。
「……ホントに切りました?」
 しかしまじまじと見つめてから、やがてどこが変わったのかわからないと首を傾げた。
「ほんのちょっとだけな」
 その反応に承太郎はまた少しだけ笑いそうになり、噴き出すのは何とか堪えた。

「顔剃りして貰った」
 言いながら、承太郎は空いていた左手の手のひらで自身の顎の辺りをスルリと撫でて見せる。その手のひらの感覚がいつになく柔らかくて、自分でやっておいて内心少し驚いていた。
「人にやって貰うと気持ち良いだろ」
 普段は自分で剃ってるが床屋は格別だと言いながら、剃って貰っている間に少しうたた寝しかけた事も思い出して、余計表情も柔らかくなる。
「納得しました」
 対して露伴の方は最初の勢いのよさが嘘のみたいに、落ち着いた顔で頷いて見せた。
「触ってみるか?今なら先生みたいにツルツルだ」
 その様子がまるで憑き物が落ちた様に思えて、承太郎は言いながら顎を少しだけ突き出した。
「それ、馬鹿にしてません?ぼくだって普段剃ってますよ」
「本当か?」
 ムッとした露伴の反応がやはり可笑しくて、承太郎は訊きかえしながら露伴の顎をグリッ、と手のひらで撫でた。
「……剃ってるからなのか生えねぇからなのか、わからねぇな」

 怒った露伴が逃げて行くのを視線で追いながら、承太郎はようやく帽子を被り直した。



 2013/12/20 


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