仕掛け   承露



 素知らぬ顔で居るくらい簡単だと、初めは考えていた。
「あの、承太郎さん」
 それが段々に難易度が上がっている。そんな気がしてきた。

「……どうした、先生」
 立ち止まって振り返ると、どこか緊張した様な面持ちで露伴が近寄ってきた。町中でこうして遭遇するのが偶然ではなく、彼の待ち伏せによるものだというのは随分前から察しがついていた。
「その……今夜、お暇ですか?」
 ついにド直球を投げられたのかと内心驚いてしまうが、勿論顔に出すつもりはない。彼が仕掛けてくる様になった最初の頃と比べてみると、こちらの姿を発見してから声を掛けてくるまでの時間も少しずつ短くなってきている。それでも一大決心をして、という様な表情はずっと変わらない。
「何か進展があったか?」
 もしその顔を指摘したら慌てるんだろうかと想像しながら、自分は全部に素知らぬふりをして見せる。ただの吉良を追う仲間内の一人、という風にちゃんと振る舞えているのか、実際自分ではよくわからなかった。自分と同じ様に露伴が気付いていないふりをしてる可能性だってある。彼ほどではないが、自分も演技が上手い方では決してなかった。
「いえ……良いワインが手に入ったんですが、一緒に飲む相手が居なくて」
 ただ、反応を見る限り露伴はこちらがわざとはぐらかしているとは気付いていない様だった。あんまり可愛らしい誘い方でつい笑ってしまうが、露伴は視線を彷徨わせていたせいでそれを綺麗に見逃した。

 吉良の件で相談を持ちかけられたり、漫画の参考に取材を頼まれたりしていた内はその態度を疑問に感じつつ、勘違いだろうと思っていた。それが赤い顔でお茶でもどうかと誘われた時、ようやく彼がどういうつもりで自分に興味を持っているのか確信した。自分は正直、実際に鈍い方だろうと思う。ただ露伴は未だに本意を気付かれていないと、本気で思っているらしかった。
「……酒は、好きなんだが」
 わざと好き、という言葉を強調させて言うと露伴が解りやすく反応を見せた。それがまた面白くて口の端に笑みがこぼれてしまうが、間が悪く俯いた露伴にはやはりその表情を見られずに済んだ。
「生憎、夜はジジイ達の世話を焼かなくちゃならなくてな」
 勿論これは嘘で、世話が無いわけではないが酒を御馳走になりに行くくらい何の問題もないだろう。人によってはわざと避けているとすぐわかるんだろうが、こちらを鈍すぎると思ってくれている露伴はそれが本当の事だと勘違いしてくれたらしい。見るからに気落ちした表情が嘘だと、自分には全く思えなかった。
「ああ、そうですよね」
「悪いな」
 声に落胆を滲ませながらも物分かりのいいフリをしてくれる露伴に、自分も少し残念がる様な声を出して見せる。むしろこんな風に少しでも期待させる素振りをするべきではないんだろうが、拒絶しきるには露伴からのアプローチが優し過ぎる気がした。興味があるからセックスしろと直に言ってくれれば、自分だってそれにはっきりと対処が出来る。それなのに露伴の仕掛け方はどういうわけか、今時女子中学生でもしない様な奥手ぶりを見せた。
 彼ならむしろもっと大胆に狡猾にこちらに仕掛けてきそうだと想像できた。けれどこの態度が自分に夢中過ぎるからこそだと思うと、途端に愉快な気がして堪らなくなった。
 露伴がどんなに自分に夢見ているのかは知らないが、ここまでされて気付かないほど鈍い男と思われているのか、それとも本気で落とすつもりはなくて、ただお近づきになりたいと思っているだけなのか。もしかするとこのまま健気に想いを隠して終えるつもりなのかも、と。想像していると、応える気もなかったくせに、愛しいという感情さえ生まれていた。

「先生」
 名前ですらないのに、呼ばれると露伴はまたわかりやすく、期待と不安が混じった様な目でこちらを見上げる。こんな酷い男に恋をする神経は正直どうかしていると思うが、悪い気がしないのも確かだ。もし本気で素知らぬふりを貫き通したいなら、待ち伏せされている道を通らなければ良い。それを進んでする気が起きないという事はつまり、そういう事なんだろう。

「また今度、誘ってくれ」
 危惧すべきは彼の仕掛け方ではなく、むしろこちらの魔が差さないか、という点に尽きた。



 2013/12/16 


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