言い得、飲み得   仗露



「仗助ェ……ぼくが酒を飲んで……なんの文句が、あるってんだ?おい?」
「や、酒自体は問題ないっスけどォ!」


 カフェドゥ・マゴが改装中の期間だけと、きっちり条件付きで。
 おれたちは康一が最大限にご機嫌を取ってくれたおかげで、岸辺露伴の家をたまり場にさせてもらっている。

 他にも勿論カフェはあるけれど、金銭面や位置関係、それから客層など、学生の自分たちには中々他にたむろできる場所がなかった。
 その点露伴の家は家主さえ丸め込めばタダで何時間も過ごせる絶好の場所だ。彼の機嫌が良ければ、今日のように喫茶店に見劣りしない紅茶と茶菓子まで準備してもらえる。
 康一は元々露伴から遊びに来るよう言われているし、億泰はよっぽどの馬鹿をしない限り露伴の機嫌をわざわざ損ねるようなこともない。
 問題といえば、喧嘩っ早いおれと露伴の相性がはた目から見て最悪ってことぐらいだろうか。おれ自身は歩み寄ろうと、割と必死なのだが。

 仕事がいつも以上に早く済んだという露伴は、例外なく口は悪いが特に上機嫌で、たまには何一つ諍いもなく過ごせるかもしれないと少し期待した。
 だから別に、家主の彼が夕方から未成年たちの前で美味しそうにワインをあけて飲んでいたって本来なんの文句もなかったのだ。

「センセーよぉ、飲み過ぎじゃねぇの」
 億泰の声に、テレビのドラマに釘づけだった視線を上げると、確かに露伴の手元のボトルがほとんど空になっているのが見て取れた。
「ん……別に平気だこれくらい……」
 顔にはあまり出ていないが、声がどこかトロンとしていた。明らかに露伴は酔っているようだ。
「露伴先生、今日の仕事は終わってるんですよね?ぼくたちちゃんと片づけて帰りますから、もう先生は休んだ方が良いんじゃないかなぁ」
 康一が随分人の良いことを言っている。勿論片づけるくらいはするけれど、おれはドラマの続きが気になっているのでまだ少し帰りたくない。
「……康一くんッ!ぼくが、酒を飲んだ程度で、何にもできなくなるとれも思っているのかッ!?」
 露伴が急に怒鳴ったのでおれも億泰たちも驚くが、呂律が回っていないことに気付いて、もしかするとやばいかも、と、すぐに目配せした。

「とんでもないです先生!けど、お邪魔してたのはぼくたちだからそれくらいさせてくださいよ!」
 康一がフォローをする間に、露伴が立てそうかざっと眺める。もしかすると歩けないかもしれない。
「そうさ、ぼくはこれくらいなーんともないんだからな……見ろ、絵らって描ける」
 露伴が椅子の横に立て掛けていたスケッチブックを取り、すごい速さで何か描いた。丁度隣りに居る億泰にそれを見せる。
「……や、センセー全然描けてねぇじゃん!おれよりはうめーけど線、ふにゃふにゃだぜ!」
 億泰が笑うのに露伴がムッとしたのがわかる。馬鹿、と止めようとした瞬間、スケッチブックからほのかに光が漏れた。
「えっ」

 億泰が小さい悲鳴を上げて倒れ込む。その手や顔、体中がバラバラとページになって捲れ上がった。露伴のスタンド、ヘブンズ・ドアーの能力だ。
「ん……なんだおまえ、本に……ハハッ、ザマーみろ!」
 露伴は億泰の身体をぺしぺしと叩いて喜んでいる。
「あっ……もしかして、今、絵を見たから……!」
 そう言って、康一が思わず億泰のそばに駆け寄る。
「康一くんも見てみろよォ、ちゃんと描けてるだろ」
 露伴がクルリとスケッチブックを康一の方に向ける。待て、と言うのは遅かった。

「なんだァ……康一くんまで本になっちまったじゃあないか」
 ぼんやりした顔で露伴が呟いている。それを聞く限り、どうもこの能力発動は彼が意識してやっていることではないらしい。
 確かに露伴と出会った当初、彼は描いた絵を見せることで能力を発動させていた。しかし成長性の強いスタンドだったらしく、最近ではスタンド像まで持ち得ていたし、またわざわざ絵を見せる必要もなくなっていたはずだ。

「あんた、ちょっとマジ、一回そのスケッチブック置いてくださいよッ!」
 まさか露伴が聞き入れるとは思わないが、一応そう言ってみる。するとすんなりスケッチブックを机の上に伏せたので、本当に驚いた。
「なんだ、仗助ェ、その顔は……文句でもあるのか……」
「い、いや、ないっスよ、ナイナイ。あ、でも、二人のヘブンズ・ドアーは解いてくださいっス」
 露伴は意識を飛ばしている億泰と康一をチラリと一瞥した。そして短く、知らん、と答えた。なんだそれ。
「勝手にかかった方が悪い」
「や、それは……」
 文句を言いかけて、口を噤んだ。絵で無意識に発動しているだけなら防ぎようもあるが、直にスタンド像を出されて本にされてはたまったもんじゃない。
「先生、今日はもう寝ましょう!ね!」
 露伴のスタンドの射程距離はどれくらいだろうか?こうなってしまえば、本体から引き離して様子を見るか、あるいは本体が寝るなり酔いから醒めるなりするのを待つしかない。

 肩を抱いて立ち上がらせると、やはり足元がおぼつかない。仕方ないと腹をくくる。彼の寝室は確か二階にあるはずだ。
「はい、露伴せんせー、階段落ちちゃ駄目っスよぉ」
 支えて誘導しながら、妙な違和感でくすぐったくもなる。あんなに普段口汚く罵ってくる相手が、こんなにぼんやりしながらされるがままになっているなんて。
「……酒って怖いんっスねェ」
 思わず漏れた呟きに、露伴が眼光鋭く睨んでくる。ああしまった、と思った。

「仗助ェ……ぼくが酒を飲んで……なんの文句が、あるってんだ?おい?」
「や、酒自体は問題ないっスけどォ!」
「なにが、問題だって言うんだ……ッ」
 殴りかかろうとしたのか、そのままこけかけた露伴の身体を支える。図らずもお姫様抱っこのように密着してしまった。
「……ハハッ!なんだコレ、馬鹿みたいだなァ!」
 怒鳴り散らされるのを覚悟していたが、酔っている露伴の思考は本当に読めない。ケラケラ笑い出してしまった。
 しかし好都合なのでそのまま大股で階段を飛ばして上がる。寝室は薄暗かったが、なんとかベッドの上に優しくおろしてやる。

「ッフフ……おまえ……今まで何人、こうやって女を連れ込んだんだぁ?」
 言いながら、露伴がゴロリとベッドの上で身体を伸ばす。まさかって感じだが、何かがどこかにグッときてしまった、気がした。
「はぁ!?んな経験ないっつーの!」
 妙な感覚を押し殺して言うが、露伴は聞いているのか聞いていないのかわからない顔でまだ楽しそうに笑っている。
「仗助ェ、おまえ、今近くで見てたら……顔だけは良いんだな、顔だけは」
 あの映画俳優に似てるな、なんて、知らない名前を羅列される。押し殺した感覚を無遠慮に撫でられたような、妙な高ぶりを感じた。

「……あんたさ、何言ってるかわかってる?」
 まるで口説いてるみたいだ、なんて、とても口には出せないが。おれは酒の一滴も入っていないはずなのに、どうしてこんなに思考が焼け付いているんだろう。
 露伴を覗き込むと、彼はふわふわした顔で笑ったままだ。普段は嘲る笑顔しか見ないから、余計グッとくる。
「そう、その顔だよ……良いな、絵になりそう、だ」
 ゆっくり近くなる顔。おれは自分の心音がうるさくてたまらない。

 だから、彼の右手がサイドテーブルの上を這っていることにまで気がいかなかった。

 酔っていても露伴の絵を描くスピードはすこぶる速い。置いてあったペンとメモ帳を引き寄せて、それから描いたものをこちらに向けるまで果たして何秒だったというんだろうか。
「ほら、全然描けてるだろ」
 向けられた絵は、普段彼の漫画を読んでいない自分でもわかる程度にいびつでフラフラした線で描かれていた。けれど俺の顔だ、ということはよくわかった。
 言葉を発する前に目の前が一瞬光って、自分の指先が本になったのを認識した。

 身体が言うことをきかなくなり、そのまま露伴の上に倒れ込んだ。
「くそっ、重たいぞ、おまえ……」
 しばらく嫌そうに露伴がもがいていたが、これもぬくくて良いかもな、と呟いたきり、小さな寝息をたてはじめてしまった。
 おれはそれでも身体が動かせないし、下の階で康一たちが何かするような気配もない。本体が寝ていても、どうやらスタンド効果は続いてしまうようだ。持続力まで高いとは。
 瞳だけ動かして彼の顔を見やる。安心して寝入っている顔も、そう言えばはじめて見るんだった。

 動くのは早々に諦めた。露伴のせいなんだからと心の中で言い訳して、おれもこのまま寝てしまうことにしよう。


 でもこれ、きっと露伴が起きた時に怒られるのはおれなんだろうなぁ。 



 2013/01/13 


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