危なげ   仗露



 チャイムを鳴らしても勝手に入っても、露伴の姿は見えない。仕事中だろうかと思って二階にも声を掛けたが、物音ひとつしなかった。
「仗助、来たか」
 室内をうろうろしていると急に声が聞こえてきた。周囲を見回してもやはり人の気配はなかったが、降りて来い、と言われてようやく地下に彼が居るんだとわかった。

 地下の貯蔵庫はやけに広くて声も響く。階段を降りながら一層ひんやりとした空気に身震いしたが、ようやくそこで露伴が椅子に座っているのを発見できた。
「酒飲んだの?」
 近づくと血の臭いと一緒に、洋酒独特の匂いが漂っているのに気付いた。露伴はチラリ、とこちらに視線を寄越したかと思うと、あんなの飲んだ内に入らないと独り言みたいに呟いて笑って見せた。
「……遅くなってごめんな」
 怪我をしたから治しに来いと電話で言われたのは朝の事だったが、こうして実際に来るのは学校を終えた夕方になってしまった。登校の途中に寄ると申し出たら、「別に急がなくていい」と言われて、てっきりほんの小さな怪我だったんだろうと想像していた。けれど露伴の服には乾き切った血がまだら模様を作っていて、朝の内に訪れなかった事を思わず後悔した。
 露伴はおれの申し訳なさそうな顔を見て一瞬目を細めたが、すぐに別に良いから、と言いた気に、自分で止血したらしい包帯に包まれた左手をふらっとおれの目の前に掲げた。それから机の上に置いてある何かを指差した。まじまじと見ると、少し遅れて綺麗に丸っと剥がれたらしい爪だと理解した。思わずゾッとした。
「どんな馬鹿やればこんな風になるんだよ……」
 包帯を解いて、なるべく見ない様にしながらスタンドを出して触れると、視界の端で爪がフワッと浮いたのが見えてしまった。少なくとも二枚はあったのがわかって余計身震いしてしまう。治って数秒も見る勇気がなくて、露伴が左手に力を込めて握り返してくれてようやく、露伴の方を向けた。
「簡単な実験をしてたのさ……テコの原理ってヤツだよ」
「やっぱ説明しなくて良い」
 言葉を遮ると露伴は可笑しそうにまた笑ったが、笑えないままのこちらの顔を見て少し気がそがれたらしく、すぐに最初の様に椅子の背凭れに体重を預けて目を細めた。
「本当に頭オカシイよなぁ、アンタ……」
 露伴の左手を緩く撫で上げると、ビクリと小さく反応した。癒えて見えるが痛みの余韻はあるんだろうと思って離そうとすると、露伴の方がまた握ってきた。しゃがみ込んで顔を見上げると、きっと貧血気味なんだろう。肌に血の気が無い気がしてやっぱり怖くなってくる。
「刺激的で良いだろ?」
 それでも露伴はおれに笑って見せた。

「そういうレベルじゃねぇっしょ。心臓に悪すぎるんスよ」
 手を握り返すと、露伴の込めていた力が少し弱くなるのがわかる。せめて、こちらが捕まらない時は普通に病院に行って欲しいと思う。
「……もうちょっと安心させてくんねぇかなぁ」
 けれど、口に出せない。露伴から頼りにされているんだとわかる数少ない機会を失うのが怖かった。本当なら露伴の安全を優先する方が正しいと頭ではわかっているはずなのに。危なげな露伴の行動は、自分にとって不安の種であると同時に拠り所でもあった。
「大変だなぁ君も」
 自分で情けなく思っていると、露伴は酔った時の柔らかい口調で頬を撫でてきた。
「他人事みたいに言うなっつーの」
 怒った様な声を出しながらも、きっと酒を飲んだのも痛みを紛らわす為だったんだろうと想像して、待たせていた時間の事をまた後悔した。
「ぼくはおまえが居ると安心だからね」
 けれど、そんなこちらの内心を知ってか知らずか、露伴はやけに優しい言葉を掛けてくれた。
「……それ聞いたらおれもちょっと安心した」

 寝室まで運ぶか訊くと、頼むよと返事が返ってくる。抱き上げると露伴は目を閉じて、すぐに小さな浅い寝息を立てはじめた。
 頼られるのがこんなに嬉しい内は、露伴を正しく大切にしてやる事が自分にはきっと、できそうにない。



 2013/12/14 


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