打ち切り   承露



 きっと、彼との関係は夏と一緒に終わるんだろうと思っていた。それなのに気付くと短い秋の季節すらとうに過ぎていて、杜王町は静々とした寒さの中に沈んでいた。
 承太郎さんはそんな季節の移り変わりを気に掛ける事なく、アメリカとを行き来しながらいつもぼくの家に帰って来た。

 ストーブに火を入れると彼がゆっくりその前の椅子に腰を降ろす。ようやく承太郎さんのコート姿に季節が追いついた様だと、内心微笑ましく感じた。無造作に積んでいた新聞の一番上を手に取ってのそり、と読み始める、彼の一連の動作もどこか冬に似つかわしく見えてくる。
「……新聞、もう取るの止めて良いですか?」
 向かい合わせに座ってポツリと呟くと、承太郎さんはまたゆっくりと顔を上げた。
 春に越して来た当初、新聞は取るつもりがなかった。けれど承太郎さんが夏の滞在中に新聞を読むのを日課にしていて、そこに丁度勧誘員が懇願する様に三ヶ月だけでも取ってくれ、と訪ねて来た。その三ヶ月もいつの間にか過ぎていて、けれども承太郎さんは相変わらず家に通っていた。そこからまた二ヶ月余分に取っていたが、それも今月末までで契約が切れるはずだ。
「別に構わない」
 ぼくも含めて自分以外が誰も新聞を読んでいる形跡がない、と。彼もそれにはずっと前から気付いていたのだろう。無いなら無いで別に構わない、と言う風に、ほんの少し手元で開いていた新聞をヒラヒラさせた。それを見て少し、笑ってしまった。

 また新聞を読み始めた彼の顔をじっくり眺めると、相変わらず整った顔で、見慣れているはずなのにどこかで一種の感動を覚えた。ぼく好みだと改めて思いながら見ていると、その視線に気づいた承太郎さんが今度は新聞を閉じて顔を上げた。それからどうした、と言う風に小さく首を傾ける。その動作全部がやはり、自分の好みその物に思えてきて、また自然と微笑が浮かぶのが自分でわかった。
「承太郎さん」
 微笑んだまま名前を呼ぶとどこか跳ねる仔馬の様な楽しげな口調になって、自分で益々笑いたくなってくる。
「……お別れしましょうか」
 それと正反対に、いつも大抵読み辛い彼の表情が更に消えるのが、向かいに座って居るとわかりやすく見て取れた。

 しばらく言葉を失った様に承太郎さんはこちらを見つめていた。自分も見つめ返しながら、微笑が全く崩れないのに内心驚いていた。切り出すのはもっと辛い事だと想像していたのが嘘みたいだった。
「おれに飽きたか」
 それとはまた逆に、あっさりした反応をくれるだろうと思っていた承太郎さんの顔が血の気が引いて見えるのが、やはり意外な気がした。
「そうじゃないんです」
 震える彼の声とは対照的な自分の落ち着いた声が耳に届いて、むしろどういうわけか動揺しそうになる。もしかすると、自分は酷く冷淡な人間なんじゃないかと不安が過ぎった。
「嫌になったか」
 彼の手から新聞が落ちて、床の上でパサリと軽い音を立てた。最後になってこんな彼の狼狽の仕方を知る事になるとは、本気で思ってもいなかった。
「違うんですよ」
 それでも自分はずっと、優しいままの笑みを浮かべていた。

「ただ、本当に、ぼくらは別れるのが自然だと思ったんです」
 新聞をいつ打ち切るか、それと同じ様にタイミングをいつも計っていた。ただそれだけだ。始まった時から、あるいはその前から、彼との付き合いはいつかどこかで必ず終わるものでしかないと、ずっと考えていた。
 それはきっと承太郎さんも同じだと、勝手に思っていた。
「露伴」
 けれど、承太郎さんはこちらが驚くくらい戸惑って見えた。予期していない宣告を受けた様な顔つきでぼくを見つめて、それから酷くか細い声で、ぼくの名前を呼んだ。
 その声がとても哀れで何故だか愛しくて、やっぱり、自分の笑顔は収まりがつかなかった。
「好きですよ、承太郎さん。大好きだ」
 笑って言いながら視界が淀んで見えて、ようやく自分が泣いている事に気付いた。

 笑いながら泣いている、自分の姿はきっと酷く滑稽だろうと想像出来た。涙がポロポロと頬を伝って零れていくのと一緒に、別れる事の重大さを今になって感じていた。ずっとこうして居られれば良いとお互い願っていたのだと、ようやく理解できた。

「……好きで、たまらない」
 それでも、ぼくらは永遠ではいられないのだ。



 2013/12/11 


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