勝手   仗露



「ホントに入るの?廃墟じゃん」
 少し離れて後ろを歩きながら、仗助が不満げに大きな声を上げた。
「だから付いて来るなってぼくは言ったんだよ」
 嫌なら帰れと、振り返って睨んでも仗助はしれっとした態度で付いて入ってきた。そのすました顔を見ていると苛立つのを通り越してむしろ呆れてしまう。ソリの合わない人間にわざわざ付いて回るほど、最近の高校生は悪趣味で暇なんだろうかと思わないでもない。ただ荷物持ちを買って出る点だけは利用できた。

 蜘蛛の巣、と頭上を指差すと少し身を屈めてそれを避ける。画材の詰まった鞄を肩から下げているにも関わらず、仗助はいつも通り身軽に見えた。
「埃っぽいっスね」
 口元に手を当てて、仗助はやはり不満げに天井を見上げた。廃墟となったビルの中、鉄骨は剥き出しになって、錆とも埃ともつかない黒ずんだ汚れがまだらに一面を覆っている。雨漏りしているらしく淀んだ水たまりがあった。

「よくこんなトコで絵描けるよなぁ」
 スケッチブックを開いた途端に言われて思わずムッとした。
「……勝手に付いて来といてよくもまあ、そんな勝手な事が言えるよな」
 ただ描くだけなら、資料として廃墟の写真なんて山の様に存在している。けれどこの埃っぽさも光の届かなさも音の反響する程度も、実際に来なければ体験出来ない事に違いなかった。仗助だって、自分がリアリティを追求している事ぐらい知っているはずだ。それなのに何の気なしに無神経な事を言ってのける、その態度がやはり気に食わなかった。
「他人同士なんだから、勝手な事しか言う事ねぇに決まってんじゃん」
 けれど、至って平常通りの口調で仗助が言ってのけたのに、少し驚かされた。
「あんたの事なんてあんた以外わかるわけねぇんだからさ。……それとも、知ったかぶって欲しいの?」
 極めて平坦な声のまま、生真面目な風でもふざける風でもなく、いつもの様に仗助はこちらを向いてそう、問いかけた。自分は答えるのを忘れて、驚いたまま仗助の顔を見詰めっぱなしになった。
 確かに仗助がぼくの心情を知るわけがないし、読んだわけでもない仗助の内心を自分だって知る由はない。ただ、そんな当たり前の事を目の前の男が言うのが、何故だか自分にとっては予想外に思えたらしかった。

「ぼくと話してて楽しいのか?お前」
 いつもの喧嘩腰の言葉とは違い、本気でそう疑問に感じた。わざわざ付いて回るのもこうして言葉を交わすのも、自分なら気を許した相手以外避けるだろう。何故仗助がわざわざそうするのか、本気で自分にはわからなかった。
「楽しくなきゃ話しちゃいけねぇの?」
 今度は少し茶化す様に言って笑ったのが、煙に巻く様で少し苛立たされる。
「……楽しくお喋り出来る連中とつるめって言ってるんだよ」
 少なくとも、仗助だって自分と楽しいやり取りが期待できるなんて思ってはいないのだろうと、そう思っていた。
 けれど仗助は少しだけ笑顔を歪めて、困った様な表情を作って見せた。

「先生はおれの事、良い奴だとか優しいとか、言わねぇじゃん」
 そう呟く仗助の表情は、どこか卑屈なものにも見えた。言われて、他の周囲の人間と比べて自分は確かに仗助の事を褒める事はないだろうと気付いた。
「勝手に判断されて、それで出来た奴だって言われるの、あんまり好きじゃねぇんスよ」
 言いながらこちらを見る仗助の目は、どうしてか悲しい色すら湛えて見えた。
 けれどそう思うのすらきっと、勝手な話なのだろう。

「贅沢な奴なんだな、君は」
 勝手に言われるのはしょうがないと頭で受け入れながら、それでいて期待される様で重荷を感じているのだろう、と、勝手ながら想像できた。酷く贅沢な悩みだと思う。少なくとも自分は良い奴だと言われる事も優しいと言われる事も決してない。別に言われたいとも思わないからその点はどうでも良いが。
「そうかも」
 自分自身が一番それを理解しているのだろう、仗助はまた、困った様に眉を下げながら、今度は明るく笑みを作って見せた。

「もっと贅沢言うとさ、ほんの少しぐらい優しくしてくれるとスゲェ嬉しいんスけど」
 ふざける様な声の調子がやはり気に障る。それから、空元気なんだろうな、と、勝手に想像してしまう自分が、嫌だった。

「……馬鹿じゃあないのかい」
 そういう所で取り繕えるから皆勝手にお前の中身を想像するんだ、と。

 言おうか少し思案して、まるで気に掛けてやっているみたいに思われそうで、止めた。

 

 2013/12/09 


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