止まる   承露



 時を止めるスタンドは反則だと、露伴は自身が別の意味で反則級なスタンド保持者である事を棚に上げて、こちらを批難した。
「お前が思ってるほど無敵ってわけじゃない」
「普通ならね。でも承太郎さんは本体まで頭の回転速いじゃないですか。反則ですよ、反則」
 軽くあしらおうとしたが、露伴は繰り返し反則だと唱えて不満そうに口をへの字に曲げた。

 頭の回転ならおそらく、彼だって並の人間とは比べ物にならないだろう。事実、自分は先手を打たれて見事に中身を読まれてしまった。
 ただ読んでみて、彼自身が『自分は空条承太郎に劣る』と判断したらしい。自分では読む事は不可能なので一体どんな事が書かれていたのか訊ねたが、露伴はそれをはぐらかした。本にして読める能力は数少ない承太郎さんにもないぼくの特権だから、と言われてそれなら仕方ないかと自分は諦めた。けれど露伴の方は、こちらの時間停止の能力についてそうしてくれる気が更々ないようだった。
「ぼくも時間が止まった中を体験してみたいですよ……きっとすごく、静かなんでしょう?」
 むしろ、興味津々といった体で足しげくホテルに訪ねて来るようになって呆れた。全部読んでも満足できずにリアリティを追求するその姿勢は、おそらく自分より彼の方が勝る部分だろう。
「承太郎さん、ちょっと体験させてくださいよ」
 ただこうして時折無謀な事を言い出すのを見ていると、頭が良いと言うよりは可笑しい部類に入ってしまうんだろうなと、思わずにはいられなかった。
「……無茶言うな」
 溜息を吐いても、露伴はそれを無視してソファーに座ったままこちらに向き直った。
「いつでも止めて良いですよ」
 どうぞ、と手をひらりとさせて促された。つい苦笑してしまうが、露伴は真面目に頼んでいるつもりらしい。自分も身体を傾けて露伴の方を向くと、期待に満ちた瞳が真っ直ぐ目の前にあって少しだけ気が引けた。

「本気で出来ると思ってるのか?」
「物は試しですよ」
 やれやれだ、と小さく呟いてスタンドを出現させる。それから間を置かずに、時を止めた。

 当たり前の様に露伴も時が止まっている。静かな室内で一人ポツリと取り残されていると、期待していたわけでもないのに自分まで残念な気がしてきた。
 ほんの1秒にも満たないが、時を止めた証拠に何かないだろうかと思って、彼のイヤリングをかすめ取った。
「わかったか?」
 イヤリングを掲げてプラプラさせて見せると、露伴は目を丸くさせて一瞬押し黙った。
「いえ……違和感はちゃんと残るんだけどぁ」
 それから悔しそうにして、今度は彼もスタンド像を出してもう一度、とせがむ。続けて止めるのは無理だと言うがそれでも反則だ、と言うのをやめないので、やはり奇人の類なんだろうと呆れさせられた。

 もう一度時を止めたが、勿論彼は動かない。もう片方のイヤリングを外して見せたが納得するわけもなく次を要求される。子供の様にムキになるのが面白い気もしてきた。
 次はヘアバンドを取った。時が動き出した瞬間、目の前に掛かる自分の前髪で驚いたのがまた可笑しかった。それで露伴はむくれかけたが、すぐまたもう一度、と催促してくる。

 また時が止まった。彼から何を奪おうかと思案したが、生憎簡単に取れる様なものは見当たらない。短い間に頭の中を回転させて、結局無防備に固まったままの露伴の顔に近づいてキスを一度落しておく事にした。
「……今ので終いだ」
 いたずらを隠す様な気持ちでそう言って、向き合わせていた身体をソファーの背に沈め直す。露伴は何か一瞬考える様に無言で居たが、追うようにこちらを覗き込んだ。
「服がまだあるでしょ」
 そう言って、露伴は挑発する様に自身の唇を親指で緩くなぞった。隠すどころかすぐにバレてしまってこちらが驚かされたが、やはり彼も十分頭の回転は速いんだと感心させられた。

「もう止めとけ」
「疲れちゃいました?」
 思わず笑ってしまうと、露伴も茶化す様に片眉を上げ、笑い返した。
「このままだと、おればっかりが年を取っちまうだろう」
 笑いが止まらないまま、冗談交じりに言うと、露伴はまた目を丸くさせた。
 疲れも勿論あったが、時が止まった中に一人取り残されるのがいい加減、嫌になった。
「……それは困るなぁ」
 ようやく露伴は納得した様な、神妙な顔になった。身体を一度ソファー沿いに戻しかけ、けれどすぐにこちらに向き直った。

「じゃあさっきの続き、今からお願いします」
 それから、時は止めないで良いので、と付け加えて、唇を指差して見せる。
 やはり、自分は笑いがしばらく止まりそうになかった。



 2013/12/06 


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