行き先   仗露



「露伴と一緒に電車乗るのってはじめてっスよね」
 吊革に掴まって、仗助は覗き見る様にこちらにはにかんだ。
「だからなんだ?」
 そっけなく返すと、何でか知らないが嬉しそうだった表情が拗ねた物に早変わりする。電車の中で相手をするのも面倒な気がして、それを無視したまま横目に窓の外の景色を眺めはじめた。

 休日の楽しみと言うと、この杜王町の学生たちに関してはS市の中心部に出かけるのが一種の特別な遊びに数えられているらしい。最初に聞いた時はしばらくニヤニヤ笑いが止まらなかった。学生の時分に都会に憧れる、という感覚が東京育ちの自分にも何となく理解できる。少なくとも自分の様に東京を離れる者よりは東京を目指す者の方が世間には多いのだろうと思えた。
 仗助も御多分に洩れず、暇と小遣いに余裕がある時には仲間内で出かけていたらしい。それを聞いてまた自分は笑ってしまったが、「でも最近は行ってない」と、仗助はむくれた顔をした。流れのまま何故かと問うと、「週末いつも露伴の家に来てるからに決まってんじゃん」と返され、思わず驚いた。
「なら家に来ないで、行けば良いだろ」
 手をしっし、と振ると、仗助がまたむくれた顔をした。けれどすぐに眉を下げ、しょげた様な表情になる。
「でもアンタと居たいし」
 その言葉にまた、自分は驚かされてしまって。次の週末は一緒に出かけるという約束を、どういうわけかすんなり飲んでしまったのだ。 

 まだ午前中だが着く頃には丁度昼飯時だろう。電車の中は同じ様に中心部に出かけるのだろう、何となく若者の姿が多い気がした。東京でならむしろ空いているくらいだが、最近の自分の感覚から言えば車内が込み合ってる様な気がして、俄かに驚いた。
 S市に越して一年も経っていないが、自分はいつの間にかこちらの生活に随分慣れているらしかった。別に悪い事ではない。むしろ良い事なんだろうが、どこかで釈然としない気もした。
「露伴」
 呼ばれて顔を向けると、仗助は何故か心配そうにこちらを見ていた。
「酔った?」
 仗助に親指で眉間をぐり、と優しくほぐされた。どうも気付かない内に眉を寄せていたらしい。 
「大丈夫だ」
 答えながら仗助の手から逃げようかと一瞬思案して、けれど丁度マッサージの様に気持ち良かったので、しばらくされるがままになった。チラリと目だけ動かして車内を見回したが、程よく混み合っていて誰もこちらを訝しがる様子はなかった。

 やがて窓の外に高いビルが増えると、中心部に近づいたのだと実感させられる。
「あと一駅がなげぇよな」
 語りかけると言うよりは独り言の様にそう呟いて、仗助も窓の外に流れる景色を見ていた。その横顔に、何か違和感を感じる気がした。
 最初は私服だからだろうか、と思った。会う時は大抵、仗助は学生服を着ている。少し駅前での待ち合わせに遅れて怒った時、「露伴の為にめかし込んでたら遅れちゃって」と言い訳したのが頭に残っていた。けれど似合うか似合わないかで言えば似合うのだろう。リーゼントはいつも通りだ。
 次に場所のせいだろうか、と考えた。杜王町の独特な街並みは仗助のハーフ然とした顔立ちにくどいくらい合っていた。それが窓の外のビルの群れと比べると、どこかしっくりこないのかもしれない。
「どうした?」
 見つめているのに気付いたらしい。仗助がまた覗き込む様にこちらにはにかむ。
「……お前にはあの町の方が似合ってるな」
 きっと服も場所も、どっちも見慣れないからしっくりこないんだけなんだろう。けれど見慣れない方がきっと良いんだろう、とも思う。いつか当たり前になってしまえば淡く脆く消えてしまう様な、これはそういう儚い感覚なんだろう。
 だから自分は、あの学生服に身を包んだ仗助をあの杜王町で見ていたい。それだって、仗助が高校を卒業するまでしか見れないに違いなかった。

 仗助は少しだけ驚いた顔をしたが、やがてまた何が嬉しいのわからない笑顔を深く作って見せた。
「露伴も。きっとここや東京より、杜王町が似合うよ」
 自分の思考を見透かされたのかと思って驚いた。
「……君の東京のイメージなんて高が知れてるだろうね」
 それに気付かれない様に嫌味っぽく言うと、仗助も合わせる様に眉を顰めて首を捻った。
「馬鹿にしてるっしょ、それ」
 周りから見て喧嘩腰そのままに見えるのか、それともじゃれているだけに見えるのか、当事者になってみるとわからない。それでもすぐにまた笑顔に戻る仗助に、自分も自然と笑い返してしまう。仗助とのやりとりも、杜王町に馴染むのときっと同じ様に慣れてしまったんだろう。
「何なら行って確かめる?」
 東京行って比べるとかして、と、いたずらっぽく言う仗助に、確かめなくてもわかると言っても良かった。
「あんた、ぜってーもう東京より杜王の方が住み慣れてるぜ」
 けれど、素直に認めるのも癪な気がした。

 東京に行くならあそこに行きたいだのあれを食べたい、と、まだ今日はS駅にすら着いていないのに仗助は嬉しそうに話す。やはり若者らしい都会への憧れがあるんだろうか、と面白くなってつい止めずに聞き流してしまう。あの有名なテーマパークは一日がかりじゃ無理だろうから泊まりで、と言いだした所でつい笑ってしまった。
「東京じゃなくて千葉だぞ、あれ」
 しまった、という顔になるのが可笑しかった。そこでようやく、目的地に着く事をアナウンスが伝え始めた。周囲の客が降りる為に少しずつ立ち上がりはじめたのを見て、仗助も一度口を閉じた。 

「一緒に行きたいんなら、そう言えよ」
 驚いて目を見開くのが、やはり自分にはどうしようもなく可笑しくて、堪らなかった。



 2013/12/04 


SStop








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -