フランス煙草   承露



 露伴の家を訪ねると、丁度彼も出先から帰って来た所だったらしい。鍵を探す背後から声を掛けると、驚いた顔をして振り向いた。

「あれ、承太郎さん……日本に戻って来てたんですか」
 彼はポケットに突っ込んでいた手を出して、わざわざこちらに身体を向き直した。それにつられて自分も思わず背をピンと張って、居住まいを正してしまう。
「ああ。今日着いたばかりだ」
「案外短かったですね」
 露伴は拍子抜けした様に呟いて、けれどすぐまた鍵を探し始めた。

 昔馴染みと連絡が付かなくてなって久しかった。
 アメリカに居る間は忙しくて暇がなかったが、杜王町で吉良の事件が収束を迎えてからすぐ、アメリカに帰る前に清算しておこうと思い立って故郷と聞いていたフランスを訪ねた。
 しかし彼に結局会えず仕舞いに終わった。SPW財団ですら行方を探せないのだから、やもするとあの男は死んでいる可能性もあった。そもそも彼の性格を考えれば住む土地を移る時には連絡を寄越すはずだと、既に別人が住んでいた彼の生家を訪ねた後、酷く暗うつとした気分になった。宛てもなく方々を探す気も起きず、最低でも一週間は居ようと思っていたフランスを結局はほんの数日で発つ事にした。
 元々大して喋る性質でもないが、露伴は自分の憂鬱そうな顔に気付いてくれたのだろう。もしかすると必要に駆られれば本にして読めるし、とでも思っているのかもしれないが。

 露伴はようやく、ポケットの中から鍵を見つけた。
 上がって行くか訊かれたが、顔を見せに来ただけだと辞退すると、呆気に取られた様に一瞬口を半開きにしたまま固まった。それからすぐ、可笑しそうに笑った。
 玄関先で改めて向かい合う。辞退しておいて立ち去らないのも可笑しな話だが、もう少し話して居たい気分だった。だからと言ってこちらに話す事があるわけでもない。
「何かお土産、ないんですか?」
 それも露伴に伝わったのだろう。やがてそう茶化す様に言って、こちらの胸元を拳でトン、と叩いた。
 観光に行ったわけではなかったが、先立ってフランスに行ってくる、と報告しておきながら土産物の一つも用意していなかった事にようやく気付いた。つい押し黙って、コートのポケットを自分も探る。指先に硬い感触が当たった。
「……吸った事あるか?」
 誤魔化せるわけないだろうと思いつつ、真面目な顔を作ってそっと彼の手の上に取り出した煙草の箱を置いた。また、露伴は鳩が豆鉄砲でも食らったみたいに、驚いた顔をした。
「……吸わないって知ってるでしょ」
 それからすぐ、指先で煙草の箱を摘まんでプラプラさせた。怒った様な顔をして見せたが、本気で怒っているわけではないのが口の端に浮かんだ笑みでもわかった。
「それでも一応、フランス煙草だ」
 指でコツコツ叩いて見せると、不審げにしつつ青いパッケージを眺めはじめた。フランス人が現地で短くなるまで吸っているのを見て自分も久しぶりに吸いたくなった物で、フランス発祥の煙草である事は確かだ。

「ぼくも次行った時は買ってきますよ」 
「あんたの場合は土産話で十分だ」
 本気で誤魔化されたわけではないだろうが、露伴は吸いもしないクセにその箱を突っ返す事はなかった。まだ封も切っていないので惜しい気もしたが、そんな事を言うと彼が本気で怒りそうなので止めておいた。
「……何考えてます?」
 ただ、彼からすると自分の表情はどうも読み易い部類らしい。またバレたようだ。
「……実は、そこのタバコ屋で買った奴だ」
 ダメ元でタバコ屋の老婆にあるか尋ねたら、丁度ひと箱だけ残っていたと奥から出してくれたのがその煙草だった。
 正直に告白しながら、つまらない事だと思ってつい笑ってしまう。露伴は今度は呆れた様な顔を一瞬したが、すぐに合わせる様に笑ってくれた。
「そんな事だろうと思った」
 言いながら、露伴はピーッ、っと包装のビニールを割いた。中から一本取り出して、咥えて吸うマネをして見せた。
「……独特の匂いですね」
 火を点けなくても葉の匂いがきつかったらしく、露伴は結局顔を顰めて口をつけた一本ごとこちらに煙草を押し返した。その一つ一つが自分にはない新鮮さがあって、やけに可笑しかった。

「悪いな」
 我ながら悪いと全然思っていなさそうな口調になったと思う。
 ニッと笑って煙草を自分の唇に挟むと、確かにクセの強い匂いが鼻孔をくすぐった。
 


 2013/12/01 


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